タカクラ テル

タカクラテル(高倉輝1891~1986)という人物を、一言では紹介しにくい。文学者、作家、言語学者、農民運動指導者、政治家、と多彩な顔をもつ。

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両親は幡多郡大方町(現黒潮町)の人で、本人も小学校までここで過ごし、宇和島中学、三高(京都)、京都帝大文学部に進む。上田敏、新村出らの指導を受け、大学に残るが、その後、信州上田の自由大学に共鳴し、農民や労働者の中へ。小説は「箱根用水」「大原幽学」が代表作、戯曲も多い。戦中、投獄経験をもつ。

戦後は、長野県から国会議員にもなった。その後は、東京都昭島市で文筆生活を送った。

こんな経歴であるから、知る人ぞ知る、であるが、地元では意外に知られておらず、なじみが薄い。主な活動舞台は、京都、長野、東京だからだ。

地元でももっとテルのことを知ってもらおうと、2年前、大方あかつき館(上林暁文学館)が、企画展をおこなった。

黒潮町浮鞭に「タカクラ」と刻んだ高倉家墓があり、テルもここに入っている。

今年3月、長男の太郎氏が91歳で亡くなった。太郎氏はロシア語学者で翻訳も多い。

9月23日、太郎氏の納骨に節夫人がみえられた。地元には親族の者はいないので、あかつき館関係者がお世話をするというので、私も立ち会わせていただいた。

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墓の扉を開き、花を差し、線香をあげ手を合わせ、納骨はつつがなく終わった。
その後、墓の下の国道脇に10年前建てられた顕彰碑(文学碑)にも案内した。碑には「あらしはつよい木をつくる」と刻まれている。

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節夫人には大勢の同行者があった。総勢18人。高知空港からレンタカー3台で見えられた。節夫人が活動されている「三多摩車人形を育てる会」のメンバーが大半で、ほかにご近所づきあいの方々も。

車人形とは三多摩地方に伝わる郷土芸能で、人間が車に腰を載せてすべるように動き、手で人形を操作するというもの。夜、中村のロイヤルホテルで開かれた地元との交流会で、ご披露くださった。

題目は「新曲まんざい」というタカクラテルが書いた人形芝居。三味や箏をバックに謡もつくという、大掛かりな仕掛けで、驚いた。人形劇ときいていたので手先か指先だけでおこなうものとばかり思い込んでいたが、人形浄瑠璃と似たものだった。こんなの本格的な人形舞台は、はじめて見た。

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テルのふるさとのわれわれに、テルの作品を見てもらいたいという、一行の熱い心遣い、ご厚意に、ただただ恐れ入るばかりであった。

ホテル裏にある幸徳秋水墓にご案内した。そこで、こんな話をきき、これも驚いた。タカクラテルと幸徳秋水は互いの母同士に行き来があり、遠い親戚関係にあったらしいというのだ。

このことについてふれたテルの文章も教えてもらった。また、秋水母多治の葬儀のさいにはテルの母が悔やみに来たと、幸徳富治(秋水の甥)が書いたものがあることも。文章は両方とも、すぐに確認できた。

大逆事件再審請求裁判を1960年、坂本清馬がおこしたさい、その支援組織としてつくられ、いまに続いている「大逆事件の真実をあきらかにする会」の結成呼びかけ人にテルの名前があり、また翌年、中村で「幸徳秋水刑死50周年記念大演説会」が開かれたさいも、弁士として来ている。

こうした行動の背景には、遠い親戚同士であったという思い入れがあったのかもしれない。

ただし、親戚といっても具体的にどういう関係であったのかということははっきりしていないという。

興味あるテーマであり、両家の家系等をこれから詳しく調べてみることにしたい。
いろんなことを教えてもらった一行には、心から感謝したい。

大義と打算

衆議院は選挙で負託を受けた議員によって構成され、任期中その役割を果たすことが義務付けられている。しかし、やむを得ない事情があれば、その解散権は首相にある。

これまでも、いろんなタイミングで解散が行われてきたが、今回ほど、打算に満ちた党利党略の解散はなかった。

先の通常国会では森友・加計問題がとりあげられ、アベ首相は十分な答弁ができなかった。真相不透明のままだ。世論調査でも、国民の大半は納得できないと答えている。だから、首相は、これを詫び、今後丁寧に説明していくと表明した。

ところが、この約束に反し、野党側が早期の開催を求めてきた臨時国会は開催を先送りし、やっと9月28日開会となったとたん、解散だ。

このところの、民進党の混乱に加え、北朝鮮情勢から、いまなら勝てそうだと、起死回生(のつもりで)の策に出たのだろう。

ところが何を争点にするにか、いまだ自民党ははっきりしない。解散当日の首相演説もしないという。

こんな無責任な解散はない。
国民をバカにしている。
選挙を愚弄している。
どんな手段でも勝てばいいという。

選挙の真の目的は勝敗ではない。
争点を示し、国民の声を聞くことが第一だ。
それが選挙の大義というものだ。
勝敗はあとからついて来る。

アベ首相は、いまなら勝てると読んでいるのだろう。
しかし、今回は自分が仕掛けたように見えるけれど、森友・加計問題で追い詰められ窮地に陥ったことが背景にある。

今回の選挙は与党、野党の対決ではない。
与党と国民(民意)の対決だ。

国民の総意で追いこみ、アベ政治に終止符を打とうではないか。

四万十川と舟

台風18号による四万十川出水はここら下流域ではたいしたことがなく、被害もほとんどなかったことから、ホットしていたが、上中流域では死者行方不明が3名でているということで、驚いている。

いずれも川に流されたようだ。上流のほうでは、かなり集中的に降ったようだ。

うち1名(西土佐)は、所有の川舟が気になるからと、川に見にいってから、そのままになっている。捜索が続けられている。

川舟が絡んだ、このような事故は以前から繰り返されており、四万十川特有といえる。2年前も同じ西土佐で1名が行方不明になり、いまだ発見されていない。

なぜ、たびたび事故がおこるのか。それは、川舟が多いからだ。四万十川流域に生活する者にとって、昔から川舟は切っても切り離せない生活用具である。

アユやウナギ、エビをとる川漁のために。
さらに、ここら下流域では、冬場の青ノリをとるために。私の実家にも一艘ある。

いまはほとんどイグサはつくっていないが、かつては対岸の河原にイグサを運び天日で乾燥させるためにも、舟は欠かせなかった。

川が生活の一部になり、川がわれわれの生活を支えてくれていた。
だから、舟はいまでいえばマイカーと同じであり、台風などで出水する時は、あらかじめ適当な場所に避難させ、縄でしっかりと岸につなぎ留めなければならない。

それでも、舟のことが気になり、ちょこちょこ川に見に行く。そんな気持ちはよくわかる。

四万十川ほど、流域の人々の生活と密着した川は全国にもないだろう。
しかし、母なる川でも突然牙をむく。

川とのつきあい、折り合いはうまくしないと。
悲しい事故である。

幡多の昭和 記憶から歴史へ

このほど「写真アルバム 幡多の昭和」が発刊された。昭和の写真がふんだんに掲載され、A4版263ページ。写真提供、執筆もほとんど地元であるが、出版社は名古屋の樹林舎で、かつ税込み9990円は高価なことが、ひっかかったが、1冊購入した。

ちょうど10年前にも、「目で見る 幡多の百年」(B4版148ページ、11550円、長野県松本市 郷土出版社)も出版されている。

二つの写真集は、ふるさとの歴史と生活を振り返るという編集目的は同じであり、実際、執筆陣もかなり重複している。しかし、異なるのは、前回は明治、大正時代をも対象にしているのに対し、今回は昭和に絞ったこと。それと、当然ながら、あれから読者が10歳、年をとったということ。

その読者の一人である私は、今回、深く考えさせられた。身につまされる思いである。

というのは、前回掲載された写真のほとんどは、昭和28年生まれの私の体験、記憶がない時代のものである。

過去の写真の中には、これはいまのあの場所だなとわかるものあるが、その時代自分はいなかったのだから、過去の記録としての意味しかない。

だから、それらの写真を見ることは、自分が知らない新しい知識を得ることと同じである。ああ~あんな風景だったのだ、と。

しかし、今回は、私が自ら体験した写真がたくさん載っている。昭和38年台風9号、昭和39年東京オリンピック、昭和52年中村高校24の瞳、昭和30~40年代の中村の町、県交通バス・・・などなど。

自分の記憶に刻まれた風景であるから、ジンと懐かしさを覚える。あの時、自分は何歳で、何をしていたか、鮮明である。

しかし、いやだからこそ、あれから何年たち、いろんなことがあり、自分も年をとったな~、と、感慨というか、複雑な気持ちになる。この間、自分はどれだけ成長したのだろうか、社会の役に立つようなことでもできただろうか、と反省と懺悔を迫られるような気持にもなる。

記憶から歴史へ。
自分が体験した写真が本になるということは、個人的な記憶や体験が客観的な歴史になるということである。
平成生まれの若者たちにとっては、これらの写真は過去の記録=歴史なのだ。

今回の写真集を見ると心が重くなる。
いま自分が生き、していることが記録や歴史になる。自分はあと何年生きられるか、その間、何ができるのかというプレッシャーを感ずる。

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神様の結婚式

「神様の結婚式」といわれる不破八幡宮秋の大祭が来週9月16、17日開かれる。

去年までは、10月第2土日に開かれていたが、他の地域行事と重なるのを避け、今後は9月の敬老の日の前日の土日とした。

不破の八幡さんの祭り、といえば私が子供のころは、たくさんの人出で賑わっていた。しかし、近年は、めっきり少なくなった。その人出を少しでも、呼び戻そうというのだ。

同神社は一條家が京都の岩清水八幡宮から勧請したもので、祭りは当時幡多地方で横行していた略奪婚などの蛮習を戒めるために、人の結婚式の厳粛さを示したものとされている。詳しくは、このブログ 2013.10.14 に書いている。

県内神社では最古で、国重要文化財に指定されている社殿の一部が去年から今年にかけて、20年ぶりに保存修理がおこなわれた。

また、地元の今の子供たちにも不破の八幡さんのことを知ってもらおうと、中村商工会議所が中心になって、マンガを使った紹介冊子を作成した。

いま県下で開かれている幕末維新博では、本市は「四万十川と土佐一條家からはじまる小京都物語」をテーマにした展示を公民館にしている。

ぜひ、多くの方に祭りに来てほしい。

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関東大震災

きょうから9月。昼間は暑さが続いているが、朝晩はめっきり秋らしくなった。

9月1日は、大正12年(1923)、関東大震災がおこった日であり、「防災の日」とされており、こちらでも午前10時にサイレンが鳴り、地震防災訓練が行われた。

関東大震災では、約10万人の死者を出した。直下型地震の典型であり、南海トラフ地震と違い、今後いつどこで起こるか予想しづらいが、94年前を教訓にした万全の対策が必要である。

教訓には、流言飛語に惑わされないことがある。最初の揺れのあとも余震が続くので、みんな恐怖と不安に陥る。そのさい、根拠のない噂やデマがどこからともなく流れる。普段は相手にしないようなたわいもないことでも、みんな動揺してしまう。

関東大震災では、政府が戒厳令を出した。政府に対する不満が高まっていた時期であったことから、地震に乗じて、社会混乱がおこるのではないかと、過剰反応したのである。

不満の矛先が政府に向けられることを恐れた政府は、警察を動かし、住民に自警団をつくらせたうえで、朝鮮人が暴動、井戸に毒を入れている、などのデマを流した。

これを信じた自警団は多くの朝鮮人を襲撃、虐殺した。警察は、そのことによる罪を問わず、その後もうやむやにしてきたことから、犠牲者の実数ははっきりしないが、いろんな証言から事実であることは間違いない。

当時、作家の徳富蘆花は東京郊外の千歳村粕谷(現世田谷区)で「美的百姓」をしていた。最近読んだ蘆花「みみずのたはごと」の中に、こんなことを書いていた。

「 私共の村でもやはり騒ぎました。けたたましく警鐘が鳴り、「来たぞゥ」と壮長の呼ぶ声も胸を轟かします。隣字の烏山では到頭労働に行く途中の鮮人を三名殺してしまいました。済まぬ事羞かしい事です。 」

東京都墨田区の公園では、毎年9月1日、朝鮮人犠牲者追悼式が行われており、去年までは都知事(石原慎太郎知事も)から追悼文が届けられていた。小池百合子現知事も昨年は届けた。しかし、今年からこれをとりやめた。

理由は、「国籍を問わず、震災で犠牲になった方々への追悼は別に行っているから」(9月1日付高知新聞)、だという。自然災害で犠牲になった者と、人の手で殺された者も同じだという考え方である。

小池知事は安倍首相と同じく日本会議のメンバーである。知事の本質を表している。

人間の不安に乗じたやり方は、北朝鮮ミサイル対応でも共通している。北朝鮮の蛮行は早くやめさせなければならないのは当然であるが、過度に反応し、国民を余計な不安に陥れることによって、国内政治に利用しようという魂胆は現に戒めなければならない。

ミサイルが日本の「上空」を飛び超えたといっても、国際宇宙ステーションの軌道よりも高い高度である。これに対しサイレンを鳴らして、避難行動をとれというのは、地球を回るロケットが落ちてくるかもしれないので、隠れろというのと同じようなものである。冷静に考えれば、だれでもわかることである。

北朝鮮の蛮行を早くやめさせることと、現にいまアメリカをけん制するために飛ばしていることが明らかなミサイルへの個別対応は別のものであるべきである。

関東大震災の日に、思う。

真念庵

このほど土佐清水市市野瀬にある四国遍路番外札所といわれる真念庵にはじめて立ち寄った。

いま四国遍路ブームであるが、これが一般の間で広く行われるようになったのは江戸中期から。その火付け役になったのが当時の高野聖の真念である。「四国遍路の父」とも言われている。

真念は自身20数回巡礼を行い、遍路道の整備に務めた。巡礼者が歩きやすいように道標の石をあちこちに置いた。

88カ所の札所の中で、37番岩本寺(窪川)、38番金剛福寺(足摺)、39番延光寺(平田)の間は、一番距離が長い難所である(37~38間は87キロ)。しかも38番から39番に向かうさいは、打ち戻しと言って、途中まで同じ道を戻ってくることになる。

そこで打ち戻しの終点であり、3つの札所を△点とすればちょうどその中心軸にあたる地点に大師堂(真念庵)を建てた。天和年間(1681~83)のことである。

場所は伊豆田坂トンネルを清水側に下りた三叉路を三原村方面に向かったすぐのところ。私の家から車で15分くらい。こんな近くにあるとは。はずかしながら、つい最近まで、私は真念庵のことを知らなかった。

遍路古道である石段を上った林の中の道沿いに古いお堂があった。これが真念庵。過去には遍路宿を兼ねており、38番から打ち戻るまで荷物も預かっていたという。いまは、カギがかかっているが、中には仏像、位牌なども残っているという。

お堂の前には、88体の地蔵がびっしり並んでいた。古色蒼然した雰囲気は、いかにも修行のための道そのものだ。多くの人で賑わう札所よりも、ずっと厳粛なものを体感することができる。すぐ近くの民家が納経所になっている。

遍路ガイドブックにも真念庵は載っているらしいが、正式の札所ではないことから、いまの遍路さんのどれだけが立ち寄っているのだろうか。俳人の黛まどかさんは今年5月ここに立ち寄っている。

ぜひ、多くの人に立ち寄ってもらいたい。
そして、古くなっているお堂が早く新しく立て直されることを願いたい。

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ミサイル冷静対応を

北朝鮮よりも日本政府の過剰反応のほうが恐ろしい。

仮に北朝鮮がグアムに向けミサイルを発射したなら、アメリカの反撃にあい、北朝鮮はたちどころに消滅する。そんなことは北朝鮮自身が一番わかっている。

北朝鮮はアメリカを交渉の場に引き出すのが狙いであり、孤立した悪ガキの強がりパフォーマンスに過ぎない。政府もそう見ているはずだ。

なにの、この間、政府は意図的に危機感をあおりたて続けている。これ幸いと、まるで攻撃を望んでいるように見える。

国民の目を外に向ければ、自衛隊日報問題も森友・加計問題も吹っ飛んでしまうからだろう。国内不満を抑えるために危機を演出していることでは、北朝鮮と同じである。

高知県には自衛隊がPAC3(地対空誘導弾パトリオット)を配備した。県もミサイル落下時の行動と称する警告を出し、四万十市はこれに基づき、毎日昼食時にマイクで放送を流し続けている。ここまでやるのか。

平和を誓うべき8月。おびえる子供たちにはどう説明するのか。空襲警報教育でもあるまい。無用な不安と混乱を与えてはならない。

韓国は粛々と対応している。日本も国、県、市ともに冷静な対応を望む。

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 高知新聞2017.8.24 

戦争遺跡

第21回戦争遺跡保存全国シンポジウムが8月19、20日、高知市で開かれた。地元ということで、初めて参加した。

シンポは戦争遺跡保存全国ネットワーク(43団体加盟)が毎年開いているもので、高知県では第4回が南国市で開かれて以来2回目の開催。今回は全国から27団体、170名が参加していた。

初日は、記念講演(公文豪、植木枝盛憲法草案と日本国憲法)、基調報告(十菱駿武)、地域報告(愛知県豊川海軍工廠跡地、高知44連隊弾薬倉庫跡地)、夜の交流会

2日目は、3つの分科会があり、私は2つの分科会にかけもち参加。以下の活動報告を聞いた。

① 高知の本土決戦陣地トーチカ
② 浅川地下壕(東京都八王子市)
③ 貝山地下壕(横須賀市)
④ 女川山防空監視哨(高知県越知町)
⑤ 731部隊遺跡(世界遺産に登録する会)

いずれも、それぞれの地域にある戦争遺産を保存し、戦争の悲惨さを後世に伝えることによって、二度と戦争をしてはならないという警鐘を鳴らすものであり、地道な取り組みが行われていることを、あらためて知った。

高知県内の戦争遺跡は、太平洋戦争末期、本土決戦に向けて急ごしらえされたものが多い。いまの高知空港はもとの海軍飛行場であり、その周辺の南国市、香南市に集中している。戦闘機を隠す掩体は空港付近に7基残っている。トーチカ跡も最近次々発見されている。

これらは飛行場など軍施設を防御するためのものであって、決して国民を守るためのものでなかったことで共通している。

南国市周辺に比べると、四万十市にはそのような戦争遺跡は少ない。市内に、基地など軍施設がなかったためである。しかし、爆撃から身を守るための防空壕はいたるところにつくられた。地元の実崎にも残っていることが最近わかった。

地元の氏神様である実崎天満宮は、四万十川べりの階段を上った山の上にある。この天満宮社殿脇の山の斜面に洞穴が3つある。横1m、奥行き2mくらい。高さは半分以上土に埋もれているので、もとは2mくらいあったものと思われる。

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これまで気にもならなかったが、今年の8月6日、天満宮夏祭り行事で出向いたさい、オヤ?と気づいた。同行した先輩に聞くと、イモ坪ではないかという。しかし、周りは山であり、芋畑はない。かといって、防空壕にしては、小さいし、付近に住家はない。ならば、祭祀に使った穴か?

はっきりと証言できる古老は、もう地区にはいない。しかし、年配者の何人かに聞いたところ、あの穴はだいぶ以前からあった、やはり防空壕だろう。穴が小さいのは、祭祀中の神主などが緊急時に使うためのものだろう、ということになった。

実崎には、かつて爆弾池もあった。昭和20年7月24日朝、米軍B29が突然1機飛来し、爆弾4個を落とした。幸い、田んぼの中に落ちたことと、その日は田役による道の整備で田んぼに出ている者はいなかったので、人的被害はなかったということを、生前父が話していた。

しかし、同じB29は、安並の田んぼにも2発の爆弾を落とし、農作業に出ていた夫婦2人が犠牲になった。

実崎の爆弾跡は直系15mほどの池になり、「バクダン」と呼んでいた。私が子どものころは、この「バクダン」で鮒を釣っていた。池は比較的最近まで残っていたが、田んぼ所有者が埋めてしまったので、いまはその痕跡はないが、どのあたりであったかはわかる。

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戦争遺跡は、われわれの身近なところにもある。
戦争の記憶を風化させないためにも、できるだけ保存し、後世に伝えていきたいものである。

弾道ミサイル お芝居

北朝鮮よりも、日本政府の異常な反応のほうが、ずっと怖しい。

孤立した悪ガキの強がりに便乗して、危機感をあおり、国内矛盾から目をそらせるやり方。一番喜んでいるのは安倍首相であろう。

対外危機をあおることによって、有無を言わせず国論を誘導するやり方は万国共通の歴史である。日露戦争しかり、鬼畜米英の太平洋戦争しかり、最近ではイラク戦争しかり(大量破壊兵器はなかった)である。

北朝鮮の国内矛盾はもう限界に達しているのであろう。ミサイル発射実験を繰り返すのは、第一には、国民の不満を抑え込むための強権誇示であり、第二には、最強国アメリカとの取引によって実質援助をもらうためである、と思う。

仮に、アメリカに向けて本当にミサイルを発射すれば、ただちにアメリカの反撃にあい、たちどころに北朝鮮は崩壊する。そんなことは、金正恩自身が一番よくわかっている。

北朝鮮の子供じみたパフォーマンスは無視すればいい。野良犬の遠吠えだって、放っておけば、そのうち静かになる。反応すれば、相手が図に乗るだけである。

韓国はさすが冷静である。本来ならば、韓国のほうが怖いはずである。しかし、長年の経験から、隣国のやり方を熟知しているので、「またか」と思っている。

今回は、具体的にグアムを標的にすると言い、飛行ルートとして、島根、広島、高知の名前が出たため、これ幸いにと、自衛隊がPAC3(地対空誘導弾)を配備した。

高知県にいたっては、「ミサイル落下時には直ちに、頑丈な建物に避難するか、近くに建物がなければ物陰に身を隠す、地面に伏せて頭部を守るなどの行動をとってください」とする、県民向けの警告を出した。

これに基づき、四万十市では、昼食時間帯に、マイク放送を流している。さながら「空襲警報発令」であり、ぞっとする。

そこまでやるのか。そんなことよりも、確実にやってくる南海地震対策や、無限に被害が広がる原発事故対策(撤去しかない)のほうを、真剣に取り組んでほしい。

それでも「万一の場合」に備えた準備はしておく必要があるという人も多くいるかもしれない。

しかし、重要なのは武力によらない方法で、北朝鮮を封じ込めていくことである。関係諸国の包囲網、それは対話である。韓国はこの路線を堅持している。

しかし、安倍首相は「対話より圧力」と言って、さかんに対立をあおっている。対話への努力などする気はサラサラない。拉致問題への取り組みが一向に進まないのはその表れである。

金正恩と安倍晋三、「危機」がないと困る二人の利害は共通している。裏取引があるのではないかと疑いたくなるほどである。

政府の広報機関に墜したNHKも連日トップニュースであおっている。国の切実な問題である自衛隊日報隠蔽、森友・加計はそっちのけ。

今回の子供じみたお芝居を真顔で演ずる政府首脳部は、たいした役者であるが、私には滑稽な猿芝居に見える。

しかし、これを笑ってすませては、大変なことになる。歴史は繰り返す。明治以降の日本がたどった戦争への道は、このようなやり方でつくられていったのだろう。いま政府の対応を公然と批判しにくい重苦しさを感じる。

きょうは8月15日終戦の日。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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