ごあいさつ - 幡多と土佐

幡多とは、高知県の西南地域のことを言います。

江戸時代には、いまの高知県全体が土佐藩の支配下にあったので、土佐といえば高知県のことであると言って間違いではありません。
しかし、ずっと幡多に住む者にとっては、土佐よりも幡多という言葉のほうに親近感を覚えるのではないでしょうか。また、自分たちの地域を土佐でひとくくりされることに、妙な抵抗を感じる者も多いと思います。
というのも、歴史を遡れば、律令制以前には、幡多(波多)と土佐(都佐)は別の国でした。だから、いまでも 幡多は、言葉などいろんな文化が違います。

その幡多の中心が中村でした。応仁の乱のころ、京都の公家一條家によって開かれた町であり、一條家の殿様は長く土佐(広義)の国司でした。
8年前、中村市が合併で四万十市になってからは、四万十のほうがはるかに有名なことから、中村の名前を知らない県外の方が多くなっているようです。ある観光客に、「ここは四万十なのに、なんで駅の名前が中村なのですか」と聞かれ、愕然としました。

ま~、時代の流れとともに、これも仕方がないのかもしれません。
しかし、地名は生きものであり、われわれの祖先が営々と積み上げてきた文化そのものです。文化を大切にするということは、その違いを尊重しあうということです。
私は、自分のふるさと幡多を、そして中村をすばらしいところだと思っています。自慢に思っています。もちろん、ここに骨を埋めるつもりです。

そんな「いちがいな」(幡多弁、こだわり)わたしが、日々思っていることを、これから書いていこうと思います。よろしくお願いします。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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