献身的な支え

 私にとって3度目の四万十川ウルトラマラソンを走ってつくづく思った。この大会はランナーだけでなくボランティアの負担も「ウルトラ級」であると。

 まず、100キロの部は、朝5時半スタートなのでまだ暗い。最初の5キロくらいまでは、たき火(たいまつ)、バッテリーライト、車のヘッドライトなどで照らす。ゴールのリミットタイムも夜7時半なので、同じく最終10キロくらいに灯りが必要。朝星に送られ、夜星に迎えられる。

 また、エイド(給水所)も40カ所に設置。15カ所の龍馬マラソン(フルマラソン)の3倍弱になる。

 さらに、ランナーは着替えや靴の履き替えなどが必要なため、手荷物を途中のレストステーション(61.5キロ地点、西土佐カヌー館)に先回りし、ゴールまで運ばなければならない。

 ほかにも前夜祭などさまざまな準備のため、質量ともにたくさんの支援が必要であり、今年もランナー2184人に対し、1800人のボランティアが参加。まさに、市民、町民ぐるみのビッグイベントである。

 この大会は四万十川沿いを走るコースの景観だけではなく、ボランティアによる献身的な支えがすばらしいからこそ、申し込み抽選に殺到するほど人気が高くなっている。ボランティアのみなさん、いつも本当にありがとうございます。

高知新聞「声ひろば」2015.10.30

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伊方原発再稼働と高知県知事

 10月26日、愛媛県中村知事が伊方原発第3号機再稼働に「同意」した。同日、伊方町長も「同意」したことから、鹿児島県川内原発に続いて、年明け以降再稼働されることが確実になった。

これを受けて、尾﨑高知県知事も同日記者会見をし、「地元の愛媛県知事が同意をしたのだから、やむをえないと思う」と、再稼働を容認した。高知県知事として、伊方原発再稼働の賛否について、初めての態度表明である。

私は「脱原発をめざす首長会議」に所属している。9月5日、同じく会員の高瀬満伸・前四万十町長とともに、同会議世話人の村上達也・前茨城県東海村長を高知市に迎え、3人で記者会見を行った。

その席で、伊方原発再稼働反対を表明するとともに、同会議高知県会員8名と村上世話人の連名による「伊方原発3号機再稼働反対 高知県下首長の積極的表明を求めます」というアピールを発表し、高知県知事を含む県下35人の首長に届けた。知事に対しては私が持参した(窓口、林業振興環境部新エネルギー推進課)。 →9月5日付 本ブログ参照

しかし、これに対して、知事からの回答らしきものはいまだない。

知事はこれまでもたびたび、距離の近いところ(地元)が強い発言力を持つのは当然である。高知県としての「同意」を求めることはしない、と発言してきた。つまり、高知県は地元ではないので発言は遠慮するというスタンスであった。

こうした経過からみれば、尾﨑知事は愛媛県知事が同意するのを待っていたと言える。

しかし、そもそも「地元」とはどの範囲をいうのか、その概念はきわめてあいまいである。今回の「地元同意」には何ら法的根拠はない。現行では、立地自治体(伊方町、愛媛県)が四国電力と安全協定を結んでいるから、「地元」は立地自治体ということにされているだけ。

しかし、原発事故が発生した場合を考えれば、その被害は立地自治体だけにおさまらないのは福島をみれば明らかである。風向きなど自然条件次第で、その被害は無限大に広がる。何キロまでは安全といえる基準はない。被害を受ける危険があるという意味では、どこも「地元」なのだ。

伊方原発から高知県までの距離は、わが四万十市と梼原町が50キロ圏内にかかっている。四万十川の愛媛県側の支流にいたっては30キロ圏内である。

高知県はすでに四国電力との「勉強会」を16回開いている。そこで、いろんな角度から疑問点を指摘しているという。その中の一つに、現在電力は十分に足りているのに、なぜ原発再稼働が必要なのか、合理的説明を求めているというのもある。この回答はまだなされていない。

私は、県の産業振興政策等については、尾﨑知事は、国への要望を積極的に行うなど、迅速な対応をしており、心強く思っている。しかし、南海トラフ巨大地震対策にもつながる伊方原発問題については、じれったいほどに腰が重く、発言にも主体性がない。記者会見でも目を横にそらし、いつもの輝きもない。高知県も愛媛県と同様「地元」であるという意識は封印している後ろめたさがあるからであろう。今回の容認発言も説得力がなく、ただ「愛媛県知事が同意したのだから」というだけ。

結局、尾﨑知事は県民の安全よりも、国策優先、政府には逆らわないという姿勢であることは明らかである。県独自の課題等には積極果敢に取り組むけれど、こと国の政策と絡む問題については、とたんに発言がトーンダウンし、主体性がなくなる。ここに、県民の視点より国の政策の視点から考えるという、官僚出身知事の限界があり、矛盾がある。

ウルトラ ボランティア

 10月18日、今年も四万十川ウルトラマラソンを走った。今年も60キロの部で3年連続3回目。なんとかゴールできた。

大会は今年で21回目だが、年々応募者が増え、今年は6135人になった。このうち、地元以外は抽選があるので、実際に走ったのは100キロ、60キロの部、あわせて2184人。秋田県を除く、46都道府県からであった。

これだけ人気のある大会になった要因は、何よりも四万十川を走るというコースの魅力が一番だろうが、それだけではない。主催者(行政)、ボランティア、ランナーの3者の協力・支えがあってこそ、である。

特にボランティアの役割は重要である。ボランティアなくしては、絶対に成立しない。今年も約1800人が集まってくれた。

私はこの2年間、ほかに高知龍馬マラソンなどのフルマラソン(42.195キロ)も4回走った。どの大会も、多くのボランティアが支えていることでは共通している。スタート、ゴール、途中のエイド(給水所)など、いたるところで、みなさん走り回り、声をかけてくれるなど、それぞれの役割を献身的に果たしている。

そうした中で、今回つくづく思ったのは、ウルトラは、フルマラソンにはない、以下のような負荷が、ボランティアにかかっていることである。

1.エイドの数が40ポイントと多い。これはコースが長いから当然といえば当然であるが、高知龍馬マラソンは15ポントである。

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2. ランナーの手荷物の搬送作業。フルマラソンなら受付で預かった手荷物はゴールで渡せば(戻せば)いい。しかし、ウルトラでは途中で着替え、シューズの履き替えなどが必要になるため、61.5キロ地点にレストステーション(西土佐カヌー館)を設けている。そこまで手荷物を運び、さらにゴールまで運ばなければならない。

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3. 夜間照明が必要。100キロの部は5:30スタート(60キロは10:00)、ゴールのリミットタイムは19:30であるため、ともに暗い。朝星に見送られ、夜星に迎えられる。だから、スタート直後(約5キロ)とゴール直前(約10キロ)に照明が必要になる。これには、たき火(松明)、バッテリーライトのほか、車のヘッドライト(マイカー提供)で照らしている。もちろん、ゴール会場(中村高校グランド)いっぱいにも、大きな照明が必要。

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 ほかにもたくさんあるが、それだけウルトラボランティアの負荷は大きいということである。だから、質量ともに、たくさんのボランティアを必要としている。

ここでありがたには、多くの「常連さん」がいることである。各持ち場、持ち場で、ここは自分の役割と位置づけ、仕切ってくれるベテランさんがいる。いちいち主催者がお願い、指示等をしなくとも、勝手に動いてくれる。そんな人は、これにやりがいを感じ、毎年楽しみにしている。

それでも、段々とボランティアが集まりにくくなってきている。今年も追加募集をして何とか必要数の1800人になった。主な理由は、高齢化と人口減少である。ベテランがリタイアーする一方で、若者の絶対数が減ってきている。これはどの地方にも共通する構造問題である。

この先、いつまでこの大会を続けられるか。
もともと、この大会を始めた時は、当面のメドを10年に置いていたが、全国ランナーの支持もあって、予想外に大会人気が上がり、やめるにやめられない、ようになっているのがいまの状況である。財政的な持ち出しも、無視できない。

私は、いまはランナーとして楽しませてもらっているけれど、3年前までは、主催者として大会会長を4年間つとめたので、そのあたりの実情は身に染みてわかっている。

しかし、いまやこの大会は、四万十市、四万十町の宝であり、かけがえのない財産である。このイベントによって、全国との交流人口が拡大し、四万十ファンがどんどん増えている。

その増殖効果は絶大であり、「地方創生」(地方は現に存在しているので、新たにつくりだす必要はない)のような、「埋め合わせ」政策よりも効果が大きい。

ふるさとに対する自信と誇り。協働の営み。
この大会をより盛り上げていくことにこそ、ふるさとが生き残る道があるものと信じている。

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尾﨑知事の 「約束」

 高知県では11月15日投票で知事選挙と高知市長選挙が行われる。いまの情勢では、知事選挙は尾﨑知事の無投票(2回連続)、高知市長選挙は現職と新人の一騎打ちとなる公算大である。

こうした中、昨夜、高知市内で岡崎誠也高知市長(現職)陣営の決起大会がおこなわれた。この席において、尾崎知事がビデオで「県勢浮揚に向けたかけがえのないパートナー」との応援メッセージを送ったと、今朝の高知新聞で報道されている。

尾﨑知事のこの行為は県民に対する「約束」に反する。
理由はこうである。

 2013年4月の四万十市長選挙は現職(私)と新人の一騎打ちとなった。この選挙に対して尾崎知事は新人を全面的に応援した。パンフやリーフレットに写真を載せるだけではなく、選挙目的が明らかな新人側の事前の集会にもたびたび公務出席。4月8日の総決起大会では壇上からマイクを握り、声高く新人への投票を呼び掛けた。

しかし、尾﨑知事が訴えたのは「現状では県市の連携が十分とは言えないので、より連携がとれる市長を選んでほしい」「信頼のおけるパートナーを選んでほしい」ということだけで、具体的根拠等はいっさい出さなかった。

こうした知事の言動に対し、知事は県内選挙においては本来中立であるべきなのに、理由もなく一方に肩入れするのはおかしいとの、疑問や批判が多く出た。新聞投書も。

こうした声に対し、選挙直後、4月30日の定例記者会見で、知事は「政治家として主張したかった」、今後は「基本的に中立を貫きたい」、「特定候補の応援は原則しない」と答えた。

また、6月19日、県議会一般質問に対しても、同様に答え、四万十市長選挙は異例の対応であったことを強調した。

これらの知事の発言は県民に対する「約束」であったはずある。

 私は思う。知事も政治家(もちろん市町村長も)である以上、自分自身の政治的考えやポリシーを持つことは当然であり、どんどん発言すべきだ。それが政治家としての責任である。しかし、自分以外の選挙に対してのかかわりは極力抑制すべきである。

というのも首長は一つの自治体の最高権限者、最終責任者である。それぞれの自治体の住民にはいろんな政治的立場の人がいる中で、それらの多様な住民を包摂する代表者が首長であるからである。そこらが議員とは異なる。

地方自治法でいえば、都道府県と市町村、どちらも独立した自治体である。都道府県は、市町村の連合体のような性格をもってはいるが、かといって上下関係にあるのではない。対等平等である。逆に、地方自治の基本単位(基礎自治体)という意味でいえば、市町村のほうがより住民に密着した重要な役割を果たしている。

だから、よほどの理由がないかぎり、ある市町村長がよその首長選挙に干渉、介入することはないし、この関係は、都道府県と市町村においても同様である。

しかし、よほどの理由があれば別である。たとえば、いまの沖縄である。辺野古に新しい基地をつくらせるかどうかは、名護市や宜野湾市だけの問題ではない。広く沖縄県民(国民にも)に共通するきわめて重要な問題である。こうした問題が争点になる首長選挙であれば、知事がかかわることはむしろ当然である。争点が県政に直結したものであるからである。

同じような問題が高知県でも過去にあった。東洋町長が核廃棄物処理施設の誘致に動いたことから、これが争点になった町長選挙があった。その時、橋本大二郎知事(当時)は、これは県民全体に影響を及ぼす問題であり、かつ県の方針(核施設は受け入れない)に反することから、新人候補(核受け入れ拒否)を応援した。

では、2年前の四万十市長選挙の場合、そんな「よほどの理由」があったのか。当事者の私にはまったく思いつかないことであったが、何かあればぜひ聞かせてほしかった。しかし、尾﨑知事はその具体例理由を何も言わなかった。ただ、「連携が不十分」と言うだけ。演説でも、記者会見、議会答弁でも、それだけ。

こんな無責任な態度はない。
何も言わない(言えない)以上、私は推測する。特定の党派の意向を受けた言動であったと。それが「政治家として主張したかったこと」なのだと。

このことで知事はさらに県民の不信を買ったと思う。というのは、尾﨑知事は全党派の実質的支持を受けているからである。尾﨑知事は最初こそ選挙を争ったけれど、2回目の選挙は無投票で、さらに今回も無投票が確定的である。

それだけ人気が高く、支持が厚いのも当然。就任以来、「過疎高齢化の先進県」の生き残りのために、県下の実情にそった産業振興計画等をたて、着実に実行に移している。若くてエネルギッシュな行動力も頼もしい。

官僚(財務省)出身ということもあってだろう、安倍政権の基幹政策(安保法案、原発等)に対しては無批判であるという矛盾をかかえこんではいるが、各党派が対立候補を立てないということは、少なくとも県政課題に対してはしっかり向き合ってくれているという高い評価があるためである。私も同じ評価である。

そうであるならば、知事が心がけねばならないことは、特定の党派の意向に左右されることなく、「県民党」の立場で行動することである。市町村の首長選挙には介入しないことである。

今回の高知市長選挙の場合、介入しなければならない「よほどの理由」があったのだろうか。そんな争点はないはずである。それとも、直接マイクを握るのではなく、ビデオだからいいだろうと思ったのだろうか。

 私が最後にもう一度強調したいのは、県と市町村は対等平等、独立の関係にあるということ。県の政策があれば、一方的に押し付けるのではなく、議論をすべきだということである。市町村は県の出先機関ではないのだから。

村上春樹

 ノーベル賞の季節になると、ここのところ村上春樹の名前がずっとあがっている。彼はいまの日本の中で、外国で最も読まれている作家だそうだ。

そんな話題作家でありながら、私は彼の小説をひとつも読んだことがない。特に理由はない。読んでみようかという気がおこらないだけだ。彼は普段は外国(いまはアメリカ)で生活をしているので、人物像もよくわからないし、それだけで何か自分とは縁がない作家というようなイメージが勝手に私の中にできあがっている。私が本を読むのは、小説とかのジャンルにかかわらず、大抵の場合、それを書いた人物に興味、関心があるからだ。

 そんな村上春樹の本を一つ今週はじめて読んだ。それは小説ではない。「走ることについて 語るときに 私が語ること」(文春文庫)という、ちょっとややこしい題名のエッセイ集のようなものだ。

彼は「走る作家」=ランナーであり、走ることについての彼のこだわりのようなものを書いた本があるということを最近教えてもらった。彼は作家デビューした直後の33歳の時からずっと走り続けている(現在66歳)。きっかけは体調管理のためだったそうだが、以来、これに「はまって」しまった。1週間に60キロ走ることが生活の基本であり、毎日10キロを6日走り、1日くらい休むことを目安にしているという。1か月に約300キロという驚くべ距離である。ニューヨークシティーマラソンやボストンマラソンなどにもたびたび出場しており、フルマラソンを走ったのは50回を超える。

 この本で彼が書いているのは、なぜ走るのかという、多分に哲学めいたことである。彼は人間としての「自分への誇り」をもつために走っているのだという。「過去の自分に勝つ」こと、タイムは問題ではない。自分の小説への他人の評価はどうでもいい。自分が満足できるかどうかは、自分が設定した基準に到達できているかどうか。走ることと同じ。

「与えられた個々人の限界の中で、少しでも有効に自分を燃焼させていくこと、それがランニングというものの本質だし、それはまた生きることの(そして僕にとってはまた書くことの)メタフィーでもあるのだ」。

走ることの効果は、自分だけの「沈黙の時間」がえられることであり、何も考えない「空白」を獲得できること。また、走ることは「痛み」があるからこそ続けられる。

彼はたくさんの小説を書いているのに、よくもそんな走る時間があるね、とまわりから言われるそうだ。彼は、毎朝4~5時に起きて、朝方、小説を書く。午後は、走ったり泳いだり。暗くなったら音楽を聴くなど自由に楽しむ。そして、午後9時には寝る。その繰り返し。書くことと走ることが生活の両輪になっている。どちらが欠けても、車は走れない。


ほかにもいろんなことを書いているが、ランナーの「はしくれ」の私には示唆に富む内容だった。というのも、あと6日で四万十川ウルトラマラソンである。私は60キロの部に今年も参加することにしているが、はや3回目である。最初は勢いで参加したが、今後はどうするのか。フルマラソンも4回走った。これをいつまで続けるのか。100キロに挑戦するのか。いまいろいろ考えているところだからだ。

なぜ、自分は走るのか。自分にとって、走ることの意味は何か。
しばらく悩みが続く。

まあ~、村上春樹には「ご縁」ができたので、彼の小説のいくつかも読んでみようと思う。

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汽水域

 私が四万十川をはじめて泳いで渡ったのは小学校二年生のときです。八束の実﨑は中筋川が本川に合流するところです。一年生までは、中筋川のほうで「水浴び」ていどでしたが、二年生になると上級生たちに刺激され、本川に挑戦したのです。本川は水が冷たく、流れが速いため、どんどん流されます。上級生たちに遅れないように必死で手をかきました。鍋島側にやっと着いたときの顔は真っ青。それから上級生たちが一人前に扱ってくれるようになりましたが、四万十川の川幅の広さを体で覚えた最初でした。

 そのあたりにはいまは橋がかかっています。この四万十川大橋から河口方面を眺めた雄大な景色はなかなかのものです。私は以前の仕事で全国を回ったさい、筑後川、淀川、利根川、信濃川、石狩川などの大きな川を見てきましたが、どの川も河口の景色は平凡です。ただ平野の中をそのまま海に注ぐだけです。

 これに対し四万十川の河口は大きな池です。テレビ塔がある葛篭山から続く尾根の稜線が河口をふさいでいるためです。深く刻まれていた谷が地盤沈下して入江となったためです。「溺れ谷」と言います。全国の主要河川の河口にこんなめずらしい地形はほかにありません。

 この地形が広い汽水域を生み出しているのです。汽水域とは淡水と海水が交わる範囲のこと。四万十川では河口から約九キロ、後川との合流点から赤鉄橋あたりまでです。汽水域の河床は起伏に富み、最深部は水深十メートルを超えることから、生物多様性の宝庫です。四万十川の魚種約二百種のうち半数以上がこの汽水域で確認されています。海の魚と川の魚の雑居地帯というだけでなく、ここにしか住めない魚類も多くいます。その代表がアカメです。大きいものは地元ではミノウオと言います。

 河口の大島や竹島川周辺にはコアマモやアマモの群落によってできた藻場(アマモ場)が広がっており、魚類の生息場所、シェルター(隠れ場)となっています。アユは通常海に出てから川に戻ってくるものですが、四万十川のアユはこのアマモ場で成長しているという調査結果があります。また、竹島川の干潟は干潟生物の最後の砦です。

  アオノリ漁とシラスウナギ漁は冬場の風物詩です。作詞家吉岡和昭さんは、寒い夜、シラスウナギを誘い寄せる無数の漁火を初﨑の「山みずき」から眺めた情景を演歌「四万十川の冬花火」に詩(うた)っています。

 四万十川は源流から河口沿岸域までを一つの生態系としてとらえることができる環境モデルと言われています。最近、流域では森林の荒廃や生活排水等に起因する水質や水量の変化がみられますが、河口域には流域全体の抱える問題が集約されているのです。

最近新たな問題も生じています。河口の砂州の消失です。河口には砂州が広がっていましたが、さまざまな環境変化からか、近年これが細くなり、大雨による洪水や海からの波浪により砂が押し流されることが多くなりました。砂州は自然の営みの中で都度復元していましたが、その復元力が弱まるなかで、昨年秋ふたたび消失。下田港に入る航路をふさいでしまいました。航路は浚渫されましたが、砂州は消えたままです。

 このため、海水が大量に川に流入しており、高い波が初﨑方面を直撃。河口は海の状態になっており、最近は井沢あたりでイワシが釣れています。アオノリは今年も不漁が続いています。

 汽水域は海水と淡水による適度な塩分濃度によってその生態系が保たれてきました。河口の砂州はそれを調節する自然の機能でした。いまその微妙なバランスが崩れてきていることが危惧されます。

 四万十川の価値、値打ちはいろいろなところにありますが、その一つが広大な汽水域の存在です。この貴重な汽水域を守るためにも、安定した砂州を復元することが大きな課題になっています。


 広報四万十 「市長談話室」 2010年3月

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アカメ

 今朝の高知新聞にまたアカメの記事が出ている。今度は過去最大級のアカメ(138センチ、38キロ)が四万十川で釣りあげられたと。「世界記録」だとも。

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アカメは海と川が交わる汽水域にすむ巨大魚でスズキのグループ(スズキ目アカメ科)に属する。ギラリと「赤い目」をしているのが特徴。四万十川と浦戸湾(高知市)が「本場」であり、ほかには宮崎県の川など西日本の一部にしか生息していない。

四万十川ではちょうど私の家の前あたりの場所だ。最近ではほとんど聞かないが、私のこどものころは地元では「ミノウオ」と呼んでいた。ミノウオの小さいサイズのものをアカメと呼んで、言葉を使い分けていた。

アカメは生き餌(いきえ)で釣る。川漁師のおんちゃんは岸から釣りざおをぶらさげて鮒を(ふな)を釣っていた。私らは「おんちゃん、この鮒は食べるがかえ?」と聞いたら、「ミノウオを釣るエサにするがじゃ」と教えてくれた。

おんちゃんは夜、舟を出してミノウオを釣りにいっていた。大きなのを釣ると時々おすそ分けにあずかったが、味は淡白で決しておいしいものではなかった。小ぶりのものは、スズキの味に似て、まあまあ食べれたような気がする。

アカメが有名になったのは、矢口高雄の漫画「釣りキチ三平」で取りあげられたから。以来、川釣りファンにとって四万十川は、夢にまで見る川なのだそうだ。

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3年前、四万十市を舞台にした連続ドラマ「遅咲きのヒマワリ」が放送されたが、ドラマのプロデユーサーは「釣りキチ三平」を読んで以来、四万十川にあこがれていたと話していた。

四万十川の大きな価値の一つは広大な汽水域が広がっていることだ。しかも河口部分は「溺れ谷」といって深く沈み、池のようになっている。そんな複雑な地形であるがゆえに、多様な生き物が生息している。アユやウナギだけではない。200種をこえる魚。冬はアオノリやアオサのほか、シラスうなぎ漁もできる。

四万十川は豊饒の川である。

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プロフィール

田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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