歴史と観光

 「志国高知幕末維新博」について2回書いたので、ついでに6年前にこんなことがあったことも書きとめておきたい。

高知県では、2010年、NHK大河ドラマ「龍馬伝」放送にあわせて観光キャンペーン「龍馬であい博」をおこなった。

テレビ効果もあって、一定観光客が増えたことから、翌2011年も継続企画として「龍馬ふるさと博」をおこなおうとしたが、ドラマはすでに終わっており、目玉がなかった。そこで、奇抜なことを考えた。

桂浜の龍馬像の隣に、中岡慎太郎、武市半平太の像もつくって「維新志士3人」を並べようというものであった。観光関係の一部の人たちからの提案を受けたもので、追加2人の像は急ごしらえで、キャンペーンが終われば撤去するという。

これについては賛否両論が出た。県外からは「おもしろい」という声が多かったように思うが、県内からは、興味本位はよくない、ふざけているという反対の声も強く出た。

熱烈な龍馬ファンからは、桂浜は龍馬の「聖地」であり許せない、というものもあった。龍馬記念館森健四郎館長(当時)は、高知新聞に強い反対意見を寄せていた。

議論は沸騰した。本音はやりたいが、困った県は、県下市町村長に意見を求めてきた。当時、四万十市長であった私は、以下のような反対意見を書いた。


  桂浜3志士像への意見

 観光とは本来、外の人を迎え、地元の自然や歴史、文化等を知ってもらうことによって、自らも学び、教えられ、自分の価値やアイデンティティーを発見し、誇りと自信をもつことあると思います。そこに人の交流が生まれ、深くて長い付き合いが始まることで、様々な物語がつくられ、地域振興に向けたエネルギーが醸成されるなど、無限の可能性につながっていきます。
 テレビ人気に便乗すること自体は悪くはありません。しかし、テレビは「お芝居」であり、龍馬やその時代の歴史の一側面をクローズアップしたフィクションです。本物の龍馬像は、自ら学び、自らの脳裏に刻みこむものです。そのように考える場を提供するのが、地元の役割、責任であります。
  昨年からの、龍馬をテーマにした県の観光戦略にはそうした視点が弱いように思います。今回の3志士像や駅前にテレビセットを移す企画も、そういう場になっているとは思えません。
 本物を深く追求するというより、一過的な話題やものめずらしさを提供してただ人さえ集めればよい、というふうにしか見えません。
  これによって確かに少しは人が来るでしょうし、来るきっかけにもなるでしょう。しかし、その大部分は二度と来ないでしょう。底の浅さを見透かされ、深い交流が生まれるチャンスをみすみす摘んでしまい、一過性の客を自らつくっているようなものだと思います。
 今回の企画はいかにも県外からの発想です。地元では批判が多い。地元の人間が誇りや自信をもって語れないということは、大きな問題です。郷土愛、地元への熱い思いを冷やし、誇りや自信を萎縮させます。
 地域振興は、じっくり、地道に行なうべきものです。急がば回れ、二兎を追うものは一兎も得ず、といいます。あせりは禁物です。
 本県には、すばらしい歴史と文化があり、人材はそびえる山となっています。山は大きなほどに、眺める角度によって姿を変えます。
 広いすそ野のすみずみを歩いてもらいながら、奥深い谷々にも分け入ってもらうよう誘導するのが、県の観光のあり方だと思います。

 2011年3月11日
 田 中 全

・・・・・・・・・・・・
 
意見をメールで送ったのは、6年前の今日の午前中である。
その日の午後、東北地方で大地震が発生した。

地震によって、県の奇抜案は採否を決める前に、吹っ飛んでしまった。世の中、それどころではなくなったのは、みなさんご記憶のところであろう。

後で、意見集約結果だけ送られてきた。私のような意見は首長の中では、少数意見であった。地震がなければ、県はやりたかったのだと受け取れた。

その表れが、高知駅前の3志士像である。さすが桂浜には、はばかられたのであろうが、地震から4か月後設置された。

これらの像は発砲スチロール製で、サイズは当初案よりも小さくなった。今回の幕末維新博にあわせて、お色直しされたようだ。

3人の「本物」の像は、それぞれ別のところにある。
地元の私としては、高知県民の「軽さ」をさらしているようで、あの前を通るときは、うつむいて歩くようにしている。

 DSCF0356_20120213215340[1]
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR