第二の人生(2)

「土佐の寅さん」こと間六口(はざま むくち)さんは、四万十市の漫談家であり、いまや市民、いや高知県内では知らない人がいないくらい有名になった。「土佐のお笑い話芸の会」代表である。

六口さんの十八番は、バナナのたたき売り。しなる竹でバチバチ台をたたきながら、絶妙の口上で笑いの渦を巻き起こす。敬老会などでは、おばちゃんたちに大人気、四万十のスターである。

最近では県外にも呼ばれ、先月には石巻市雄勝町でも2時間ライブを行い、震災被災地に笑いで元気を与えてきた。

六口(本名 坂本純一)さんは、いま71歳。こどもの時から、周りを笑わせるのが好きで、学校を出た時、その道に進もうともしたが、親の反対で公務員(労働省職業安定所)になった。

しかし、熱い思いを持ち続けてきた。定年を迎えたのを機に、満を持して本格的にこの道を極めようとチャレンジしたのだ。名前の「間」は市内の生まれたところの地名、「六口」はおしゃべりという意味である。

バナナのたたき売り以外にも、六口さんは、会うたびに、次々にメニューを広げている。

高齢者を元気に、がモットーなので、福祉にかかる勉強、情報収集を欠かさず、また時事ネタもタイムリーに織り込んでいる。公務員時代の六口さんのことは知らないが、おそらくいまのほうが多忙で、生き生きとしているのではないだろうか。見事な第二の人生である。

六口さんと同じような生き方をした先人に伊能忠敬(1745~1818)がいる。

忠敬は、下総国(千葉県)佐原の商家に婿入りし、伊能家を豪商といわれるほどに大きくしたが、50歳で家督を息子に譲り、隠居した。

以後は、江戸に出て、もともとやりたかった星学暦学の勉強を始める。15歳も年下の師について。そして、56歳から死ぬ72歳まで、蝦夷地からスタートし、全国を歩き尽くし、日本地図を完成させた。17年間で3万5千キロ、約4千万歩に及ぶ。

前号で紹介した私の元上司は、忠敬と同郷であり、忠敬の生き方を自分の目標、指針にしてきたそうだ。一生の中で、二度の人生を生きた人として。

間六口さん、伊能忠敬に共通するのは、第一の人生中も、もともとやりたいこと、好きなことを持ち続け、さらにレベルアップをめざす向上心をもっていたこと。

義務では続かない。
好きなことをするのが大前提。
私としても、身につまされる二人である。

間六口 写真



プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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