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戦争遺跡

第21回戦争遺跡保存全国シンポジウムが8月19、20日、高知市で開かれた。地元ということで、初めて参加した。

シンポは戦争遺跡保存全国ネットワーク(43団体加盟)が毎年開いているもので、高知県では第4回が南国市で開かれて以来2回目の開催。今回は全国から27団体、170名が参加していた。

初日は、記念講演(公文豪、植木枝盛憲法草案と日本国憲法)、基調報告(十菱駿武)、地域報告(愛知県豊川海軍工廠跡地、高知44連隊弾薬倉庫跡地)、夜の交流会

2日目は、3つの分科会があり、私は2つの分科会にかけもち参加。以下の活動報告を聞いた。

① 高知の本土決戦陣地トーチカ
② 浅川地下壕(東京都八王子市)
③ 貝山地下壕(横須賀市)
④ 女川山防空監視哨(高知県越知町)
⑤ 731部隊遺跡(世界遺産に登録する会)

いずれも、それぞれの地域にある戦争遺産を保存し、戦争の悲惨さを後世に伝えることによって、二度と戦争をしてはならないという警鐘を鳴らすものであり、地道な取り組みが行われていることを、あらためて知った。

高知県内の戦争遺跡は、太平洋戦争末期、本土決戦に向けて急ごしらえされたものが多い。いまの高知空港はもとの海軍飛行場であり、その周辺の南国市、香南市に集中している。戦闘機を隠す掩体は空港付近に7基残っている。トーチカ跡も最近次々発見されている。

これらは飛行場など軍施設を防御するためのものであって、決して国民を守るためのものでなかったことで共通している。

南国市周辺に比べると、四万十市にはそのような戦争遺跡は少ない。市内に、基地など軍施設がなかったためである。しかし、爆撃から身を守るための防空壕はいたるところにつくられた。地元の実崎にも残っていることが最近わかった。

地元の氏神様である実崎天満宮は、四万十川べりの階段を上った山の上にある。この天満宮社殿脇の山の斜面に洞穴が3つある。横1m、奥行き2mくらい。高さは半分以上土に埋もれているので、もとは2mくらいあったものと思われる。

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これまで気にもならなかったが、今年の8月6日、天満宮夏祭り行事で出向いたさい、オヤ?と気づいた。同行した先輩に聞くと、イモ坪ではないかという。しかし、周りは山であり、芋畑はない。かといって、防空壕にしては、小さいし、付近に住家はない。ならば、祭祀に使った穴か?

はっきりと証言できる古老は、もう地区にはいない。しかし、年配者の何人かに聞いたところ、あの穴はだいぶ以前からあった、やはり防空壕だろう。穴が小さいのは、祭祀中の神主などが緊急時に使うためのものだろう、ということになった。

実崎には、かつて爆弾池もあった。昭和20年7月24日朝、米軍B29が突然1機飛来し、爆弾4個を落とした。幸い、田んぼの中に落ちたことと、その日は田役による道の整備で田んぼに出ている者はいなかったので、人的被害はなかったということを、生前父が話していた。

しかし、同じB29は、安並の田んぼにも2発の爆弾を落とし、農作業に出ていた夫婦2人が犠牲になった。

実崎の爆弾跡は直系15mほどの池になり、「バクダン」と呼んでいた。私が子どものころは、この「バクダン」で鮒を釣っていた。池は比較的最近まで残っていたが、田んぼ所有者が埋めてしまったので、いまはその痕跡はないが、どのあたりであったかはわかる。

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戦争遺跡は、われわれの身近なところにもある。
戦争の記憶を風化させないためにも、できるだけ保存し、後世に伝えていきたいものである。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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