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関東大震災

きょうから9月。昼間は暑さが続いているが、朝晩はめっきり秋らしくなった。

9月1日は、大正12年(1923)、関東大震災がおこった日であり、「防災の日」とされており、こちらでも午前10時にサイレンが鳴り、地震防災訓練が行われた。

関東大震災では、約10万人の死者を出した。直下型地震の典型であり、南海トラフ地震と違い、今後いつどこで起こるか予想しづらいが、94年前を教訓にした万全の対策が必要である。

教訓には、流言飛語に惑わされないことがある。最初の揺れのあとも余震が続くので、みんな恐怖と不安に陥る。そのさい、根拠のない噂やデマがどこからともなく流れる。普段は相手にしないようなたわいもないことでも、みんな動揺してしまう。

関東大震災では、政府が戒厳令を出した。政府に対する不満が高まっていた時期であったことから、地震に乗じて、社会混乱がおこるのではないかと、過剰反応したのである。

不満の矛先が政府に向けられることを恐れた政府は、警察を動かし、住民に自警団をつくらせたうえで、朝鮮人が暴動、井戸に毒を入れている、などのデマを流した。

これを信じた自警団は多くの朝鮮人を襲撃、虐殺した。警察は、そのことによる罪を問わず、その後もうやむやにしてきたことから、犠牲者の実数ははっきりしないが、いろんな証言から事実であることは間違いない。

当時、作家の徳富蘆花は東京郊外の千歳村粕谷(現世田谷区)で「美的百姓」をしていた。最近読んだ蘆花「みみずのたはごと」の中に、こんなことを書いていた。

「 私共の村でもやはり騒ぎました。けたたましく警鐘が鳴り、「来たぞゥ」と壮長の呼ぶ声も胸を轟かします。隣字の烏山では到頭労働に行く途中の鮮人を三名殺してしまいました。済まぬ事羞かしい事です。 」

東京都墨田区の公園では、毎年9月1日、朝鮮人犠牲者追悼式が行われており、去年までは都知事(石原慎太郎知事も)から追悼文が届けられていた。小池百合子現知事も昨年は届けた。しかし、今年からこれをとりやめた。

理由は、「国籍を問わず、震災で犠牲になった方々への追悼は別に行っているから」(9月1日付高知新聞)、だという。自然災害で犠牲になった者と、人の手で殺された者も同じだという考え方である。

小池知事は安倍首相と同じく日本会議のメンバーである。知事の本質を表している。

人間の不安に乗じたやり方は、北朝鮮ミサイル対応でも共通している。北朝鮮の蛮行は早くやめさせなければならないのは当然であるが、過度に反応し、国民を余計な不安に陥れることによって、国内政治に利用しようという魂胆は現に戒めなければならない。

ミサイルが日本の「上空」を飛び超えたといっても、国際宇宙ステーションの軌道よりも高い高度である。これに対しサイレンを鳴らして、避難行動をとれというのは、地球を回るロケットが落ちてくるかもしれないので、隠れろというのと同じようなものである。冷静に考えれば、だれでもわかることである。

北朝鮮の蛮行を早くやめさせることと、現にいまアメリカをけん制するために飛ばしていることが明らかなミサイルへの個別対応は別のものであるべきである。

関東大震災の日に、思う。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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