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元号と西暦

現天皇の退位に伴い、再来年5月1日から新元号となる。私の頭の混乱はますますひどくなり、もう限界を超えそうだ。

私は歴史が好きである。歴史的事件や出来事はなるべく西暦で覚えるようにしている。日本史も世界史の一部であるから、そのほうが統一して理解しやすい。

普段のいろんな書類も、指定がない限り、西暦で書くようにしている。

日本史で言えば、明治以前は西暦で表記されるのが一般的であるため、そう悩まないが、明治以降は、両方併用されることが多い。

だから、いつの間にか、自分の頭に、明治元年=1868年、大正元年=1912年、昭和元年=1926年、というような換算ソフトがインストールされている。例えば、明治〇〇年は西暦〇〇年だなと、常に読み替えている。

こうした作業を何度も繰り返すうちに、両方の年号は自然に一致するもので、そう苦労はしてこなかった。

ところが、平成になってからおかしくなった。平成元年=1989年なのだが、この換算がうまくいかなくなった。いつも、う~ん? と苦しんでしまう。頭の中のパソコンが作動しなくなり、ソロバンでぱちぱちやるようになった。

なぜだろう。

自分なりに考えると、明治、大正、昭和は、自分とは直接関係がない過去の出来事として、客観的にインプットできるのに対し、平成は、いまの自分の生活そのものであるため、個人的な種々雑多な要素が混入してくるためではないかと思う。

もちろん、昭和28年(1953)生まれの自分にとっては、昭和の一部も自分の生きた時代であることには違いないけれど、換算のスタートとなる昭和元年は過去だ。そこが平成とは異なる

そんなことで、このうえに、さらに再来年から新しい元号が加わると、私の頭の中はパニックになってしまう。

いま、新しい元号がどんなものになるかが話題になっており、さかんに報道されているが、元号が果たして必要かどうかの議論はほとんど報道されない。(これには不気味さを感じる)

私は、元号は不要だと思う。
いまのインターナショナルの時代、世界に通用しない元号なんて、国民に無用な負荷と混乱を強いるだけである。



プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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