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黛まどか「奇跡の四国遍路」

春になり、家の前の四万十川土手を行くお遍路さんの姿が目立つようになった。俳句の世界では、遍路は春の季語だそうだ。

俳人黛まどかさんが昨年4,5月、四国巡礼88札所を歩いて、通し遍路をされたことは、前にここで書いた。(2017.11.19~20)

この記録がこのほど「奇跡の四国遍路」(中公新書ラクレ)として出版され、送られてきた。

黛さんは幸徳秋水を顕彰する会会員であることから、当地を歩かれたさい、宿のお世話をさせていただいた。当地が生んだ秋水のことは、この本でも触れてくれている。

人や自然との出会いを通して感じ、考えたことなどを、そのときどきに詠んだ句を添えて、綴っている。松尾芭蕉「奥の細道」の四国版のようだ。

並大抵の思いだけでなく、気力、体力が充実していないと、女性がほとんど一人で一気に歩き通すことはむずかしいと思うのだが、その辺のことはサラり書いているだけ。

明確な目的があった訳ではない。1400キロを歩いて得られた答えは、遍路は「自分との和解」である、ということ。

日常の世界に戻っても特に大きな変化はない。いつもの生活で行き詰った時、「それで良いのだ」と「諾う」(うべなう)ことができるようになったことぐらい。

「歩くことを入口に、感覚や感性が研ぎ澄まされる。歩行によって日常では忘れ去っていた記憶の奥底まで沈み、過去を反芻し、そこから思いがけない発想を得る。そして見えない世界の扉を開けて、古人(いにしえびと)の心に触れるのだ 」

祈りとは歩くこと、歩くことは祈る、ということか。

黛さんは歩きながら詠んだたくさんの句の中で、最も気に入っているのは愛媛県久万高原町で母の日に詠んだ句だそうだ。

  母の日の木下を風の溢れをり

3年前、私の元職場上司がやはり遍路をされ、1泊の宿を提供(お接待)させてもらった。古稀(70歳)になったことがきっかけと言っていたが、それ以上のことは語らなかった。遍路はみなそれぞれの事情をかかえているのだろうが、言葉で表現できるたぐいのものではないのだろう。

元上司に続き黛さんも歩かれたことで、毎日のように見る遍路の姿が再び身近なものに感じられるようになった。

「再び」というのは、自分が子どものころにも遍路が身近にいたからだ。

家にいると、チリンチリンと音がした。ドアを開けると、遍路が何やらぶつぶつ唱えている。白装束だが、たいてい汗や埃で汚れていた。

こんな時は母から言われていた通り、米樽の中から茶碗一杯の米をすくい、おそるおそる遍路が胸からぶら下げた袋の中に入れてやる。遍路は一礼して去っていく。たいてい女の遍路だったような記憶がある。

ある時、その遍路が川っぷちに座り、米を炊いていたのを見た。頭の手ぬぐいをとった顔はシワで黒光りし、目はギラリとしていた。私はいけないものを見たように思い、すぐに逃げた。

悪さをして親におこられるときは、「ヘンドの子になりたいがか」「ヘンドにやるぞ」とおどされた。

「へんろ」と「ヘンド」は違う。「ヘンド」とは物貰い=乞食というような差別的な響きがあった。

いまのお遍路さんはスイスイ歩いている。米をもらいに来ることもない。

黛さんも書いているように、いまの遍路は「時間」と「お金」と「体力」の三つがないとできない。ある意味、ぜいたくな旅である。

そんな限られた人だけが、歩き続けることで、新たな自分を見つけることができるのだろうか。

私もいつかその境地に近づきたい。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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