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秋水を生んだ風土と人々(12)日韓連帯

 12.日韓連帯

 話は今年に飛ぶ。

 五月、韓国ソウルの幸徳秋水研究者、金(キム)昌(チャン)徳(ドック)さんが中村にみえた。東京の初期社会主義研究会会員で金子文子研究者の亀田博さんと一緒に。亀田さんには会ったことがあったが、金さんは初めて。秋水顕彰会メンバーで二人を秋水墓、生家跡、絶筆碑、図書館資料室などに案内した。

金さんは、韓国アナキズム運動を受け継ぐ社団法人国民文化研究所の総務理事で、かつ韓国アナキスト独立運動家記念事業会の事務局長。秋水の思想は死後、韓国アナキズム運動、対日独立運動に影響を与えたという。(二人は、今回高知市草の家の案内で槇村浩も訪ねた。)

秋水が大逆事件で拘束された明治四三(一九一〇)年は日本が韓国を併合した年。秋水は韓国、朝鮮の独立運動に関心を寄せていた。その前年、安重根(アンジュングン)がハルピン駅頭で伊藤博文をピストルで撃った「義挙」を讃える漢詩をつくったことは有名である。

秋水はクロポトキン「麺麭の略取」を翻訳出版、日本で最初のアナキストとされているが、大杉栄、伊藤野枝が関東大震災で虐殺されたように、弾圧で日本ではアナキズムは広がらなかった。しかし、韓国では浸透した。

今年は韓国三一独立運動から百年。「第三の大逆事件」を描いた映画「金子文子と朴烈(パクヨル)」(六月、中村、高知で上映成功)の通りである。

金子文子の墓が朴烈の生地、韓国慶聞(ㇺンギョン)市にあり、毎年命日に追悼式が行われていると、金さんからお誘いを受けたので、七月二三日参加した。ソウルから貸し切り高速バスで二時間の山の中。文子墓は朴烈義士記念館の敷地内にあり、展示では秋水も紹介されていた。

韓国政府は昨年文子に日本人二人目の独立有功メダルを授与したこともあって(一人目は弁護士布施辰治)、式典は例年より多数の地元市長など約百人参列。私も「幸徳秋水地元の元市長」と紹介され、献花した。イベント会場では、女優チェ・ヒソ(映画の文子役)の挨拶、研究発表、シンポジウム、文子を讃える市民コーラスなどがあった。

二日目は芙(プ)江(ガン)に移動。文子が養女とされ少女時代暮らした家や小学校、警察署跡などの案内を受けた。

日本からの参加は山梨県(文子故郷)の金子文子研究会会員や亀田さんなど十名であったが、ソウルから往復一泊二日の費用は全額主催者持ちの招待であり、心温まる歓迎を受けた。日本人でありながら、韓国で愛され大切にされている文子。韓国の人たちは「反日帝」ではあっても「反日本人」ではない。その懐の深さ、広さに涙が出た。

安重根裁判の弁護士は旧野市町出身の水野吉太郎で無罪を主張している(最終死刑)。高知県と韓国の縁(えにし)。

秋水を知ることは日韓の歴史を知ること。いまの日韓問題の背景、真実につながる。元凶は日帝(大日本帝国)さながらの安倍政権。秋水が日韓連帯を呼びかけている。(終り)

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 右端 金昌徳さん    金子文子墓に献花

週間 高知民報連載(全12回) 終り 2019.10.6

秋水を生んだ風土と人々(11)帝政派の牙城

11.帝政派の牙城

 本連載もあと一回。冒頭に書いたように、私のテーマは「秋水はなぜ高知ではなく中村に生まれたのか」である。

明治四年生れの伝次郎は、同二十年、十六歳の時、中村を出奔し単身上京。自由党林有造の門をたたいたが、保安条例で土佐人は追報された。翌年再び飛び出し、大阪にいた中江兆民の書生になり、その後の運命を決定づけた。兆民から民権思想を学び、秋水の号ももらう。

中村が高知と違うのは、元禄二年、中村藩改易以降、城下町でなくなったこと。常駐家老がいた安芸、佐川、宿毛などとも異なる。家臣は百姓同然の郷士や地下浪人に身を落とした。町の運営は実質的に町人の手に。町人が実力をもち、町人の中から学者(遠近鶴鳴)も生まれた。

しかし、町人は世の動きを見るに慎重、穏健である。学問も朱子学で権威に忠実。幕末勤王運動においても、武市半平太の土佐勤王党結成の血判状に加わった者は、樋口真吉をはじめ幡多からはほとんどいなかったように、連携をとりながらも一線を画していた。

明治になり、一時鹿児島の西郷隆盛に呼応する動きを見せたこともあるが、新政府に簡単に懐柔され妥協、服従。明道会という保守的結社をつくっていた。

こうしたグループは板垣退助らの民権派(自由党)に対して帝政派(国民党)と呼ばれていた。この対立は明治前半期高知県政界の基本構図となる。

明治十二年、県議会が開かれたが、その勢力は高知から東は民権派、西の高岡郡、幡多郡は宿毛を除き帝政派が強かった。中でも中村は帝政派の牙城であった。

中村にも民権派はおり板垣を迎え、十五歳の伝次郎が歓迎の辞を述べたこともあるが、少数派であった。

この連載で紹介してきた母方親戚筋の安岡、桑原、小野、木戸はみな帝政派。小野道一はその領袖として県会議長までつとめた。彼らはみな士族格。母多治が小野の出であったためである。

幸徳家は商人で経済力があったがゆえに、小野家との異例の縁組をした。しかし、明治になり四民平等になったとはいえ、士農工商の身分の差は厳然として残っていた。たとえ相手が郷士であっても。

木戸明の塾で伝次郎は、同年代の親戚の子らの中で飛び抜けて成績優秀であった。しかし、彼らは士族の子。自分は商人の子で「町の子」と呼ばれた。なぜ親戚なのに自分だけそう呼ばれるのか理解できない。幼き伝次郎の中に巣くったコンプレックスのようなもの。そんな反発が伝次郎を早熟な自由党シンパにしてしまったのではないか。

しかも伝次郎は二歳にして父亡き子に。卑屈な気持ちも加わっていたのではないか。

このようにして、中村という歴史風土の中で、「平民」にこだわる、身分、階級に敏感な少年が育ち、中江兆民との出会いに至るのである。(続く)

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 幸徳秋水(12歳頃)    母多治

週間 高知民報連載(全12回) 2019.9.29  

秋水を生んだ風土と人々(10)木戸明

10.木戸明

木戸家の祖は江戸寛永の頃、摂津国吹田から幡多郡佐賀を経由して中村に来た商人。吸田屋と称し中村を代表する豪商となり、俵屋(幸徳)などとともに交代で町老をつとめた。

木戸明は天保五年生れ。父広之助は分家、望んで百姓に転籍後、地下浪人(士分)に列した。母佐和は安岡良輝の妹、安岡良亮と明は従兄弟になる。妻和佐は桑原家から。

は安岡良輝、樋口真吉に学問、武道を習った後二四歳で上洛し岩垣月洲の門に入り国学経書を学ぶ。上洛は三度に及び、江戸の梁川星巌とも親交を深めた。

文久、慶應年間、勤王運動、特に国防、海防活動に没入し、私財を投じて大砲を鋳造、四万十河原で実射後藩に献納。ために「破産勤王」と言われるほどであった。

維新東征には参加しなかったこともあって、安岡良亮、桑原戒平、小野道一らのようには官に入らず、地元後進の教育活動にその後の人生を捧げた。

中村大神宮隣の自宅に家塾遊焉義塾を開設。身分を問わず近隣の子どもたちを集めた。

安岡、桑原を通して木戸家ともつながる商家の伝次郎も入門。「孝経」の素読から始まり、「三国志」、「唐詩選」へ。栴檀は双葉より、八歳にして小野の祖母(須武子)の還暦を祝う漢詩をつくるなど、神童伝説を生んでいる。

秋水の格調高い漢文調の文章は、木戸明に叩き込まれた土壌の上に、ジャーナリストとして時事論説、評論を積み重ねた産物である。

土壌は思想面でも。秋水は絶対主義的天皇制という人民支配システムについては激しく攻撃したが、天皇そのものについての論及はほとんどない。獄中で書き上げた最後の書「基督抹殺論」は天皇のメタフォー(隠喩)との見方もあるが、「日本の名著」とされる秋水「廿世紀之怪物帝国主義」(明治三四年)には、若き頃の書とはいえ「日本の皇帝は・・・戦争を好まずして平和を重んじ給ふ」「自由と平和を重んじ給ふ」というようなくだりがあり、儒教的倫理感の呪縛から脱せていない。

秋水は「日本人の詩には和臭があつて到底彼地の人には見せられんけれども、木戸先生のはその平仄から四聲の配置から唐詩選中の詩にも恥しからぬものがある」と評価していた(岡崎輝著)。

しかし、明治三六年、秋水が新刊「社会主義神髄」を明に贈った葉書が四万十市立郷土博物館に保存されているが、その内容は到底師の理解の及ぶところではなかった。

師岡千代子「風々雨々」によれば、明治三九年夏、夫婦で帰省時、愛弟子を心配する師が訪ねて来て、秋水を説得した。師が帰ったあと、秋水は寂しそうにふさぎ込んでいた。それを見た母多治は「木戸先生は普通の年寄りぢゃもの、わたしゃ伝次郎の味方ぢゃけん」と息子を励ました。

明は中村中学、高知中学でも教壇に立った。高知では濱口雄幸(ライオン首相)、野村茂久馬(土佐の交通王)らを教えた。城山三郎「男子の本懐」では、濱口のことを「雲くさい」と評したと書かれている。

大正五年、八五歳で没。墓は正福寺の秋水隣だが、秋水東向きに対し北向き。頑くなに思想を容認しないかのように。墓碑の撰文は中村の弟子吉松茂太郎(海軍大臣)

大正八年、教え子たちは中村小学校玄関前に銅像を建てたが、戦時金属供出された。戦後、為松公園登り口に顕徳碑を建てた。題字は野村茂久馬。(続く)

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    木戸明

週間 高知民報連載(全12回) 2019.9.22
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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