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渡川 わたり川

2月1日、NHKブラタモリが四万十川にやってきた。来週と合わせて2回放送される予定だ。

番組は四万十川河口からスタート。四万十市役所生涯学習課(公民館)の川村慎也係長がナビゲーターになり、川の特徴や歴史について説明していた。

四万十川はこれまでも、またいまでも何度もテレビの旅番組で紹介されている。タレントも数知れず来ている。

ブラタモリのいいところは、こうした普通の旅番組と違い、科学的、実証的というか、学問的視点から、その地域の特徴を解説するところにある。だから、大変勉強になる。

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私はそんなところからこの番組が好きであり、以前からほとんど見ている。四万十川にも来てくれないかなと、ずっと思っていたところであった。

1回目の放送、川村さんの説明はなかなかよかった。この川について、知ってほしい、理解してほしい真実の姿をわかりやすく説明していた。

その中で、一つだけ、冒頭に時間的制約もあったのだろうが、詳しい説明を省略したところがあった。それは四万十川という川の名前についてである。

四万十川は1994年(平成6年)までは渡川(わたり川)と呼ばれていたと、古い地図を示して説明。タモリさんは「渡川は消されちゃったんだ」「かわいそうな気がするな」と言い、そのまま番組は進んだ。

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しかし、これは正確ではない。「渡川」という名前は、いまも残っているからだ。

こういうこと、である。

この川は、江戸時代のころの文献では、渡川とも四万十川とも書かれ、両方の呼び名があった。四万十川と書いて「わたりがわ」と読ませていた記録もある。二つが混在していた。

そうした中、明治になり、河川法がつくられたさい「渡川」のほうが採用されたのだ。

川の正式な名前はどうやって決まるのか。人の名前でもあだ名やニックネームがあっても、正式の名前は戸籍に登録された名前であるように、川の名前も河川法で登録された名前が正式である。

以来、法律で定める正式名称は渡川、俗称が四万十川ということになったのだ。

私の場合は、こどものころは渡川のほうがなじみがあった。赤鉄橋は四万十川橋であるが、バイパスにかかるっている橋は渡川大橋である。具同側の堤防沿いには渡川1~3丁目という地名もある。渡川病院もある。

しかし、1983年、NHKが「土佐・四万十川~清流と魚と人と~」を放送したことをきっかけに「最後の清流」ブームがおき、またたくまに、四万十川の名前がメジャーになったのだ。

こうしたことから、普段は頭の固いお役所(建設省)にしては異例のことであったが、法律を改正し、四万十川のほうを正式名称に変更したのだ。

だから、いまは四万十川のほうが正しい名前であるということでは、ブラタモリの説明は正しい。

しかし、詳しく言えば、この場合の四万十川というのは、川の本流をさしての名前である。

この川にはたくさんの319の支流があり、そのことが四万十という名前の由来になっているのだが(他説もあるが、番組ではこの説を採用)、支流にもそれぞれの名前があるのは当然のことである。

中でも、下流の中村で合流する中筋川と後川は単独の川としても大きな川である。四万十川は国管理の一級河川に指定されているのだが、中筋川、後川も同じように一級河川に指定をされている。海に注ぎ込む河口を同じくする川で、一級河川を三つももつ川は四万十川だけである。

このような場合、河川法では、単独の川のことを「川」、支流を含めた流域全体のことを「水系」と、それぞれ分けて定義している。

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この川の場合は、川全体の名前は今でも「渡川水系」のままであり、渡川の名前は厳然と生き続けているのだ。

だから、四万十川の正式名称は「渡川水系四万十川」なのだ。

以上、ブラタモリでは省略されていたので、あえて書いておきたい。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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