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市長選挙を振り返る(3)

3.行政としての実力とは

国土交通省から二人目の副市長を迎えたことに象徴されるように、中平市政になってから四万十市の独立性、創造力は著しく劣化したといえる。創造力とは地域の実態の即した政策立案能力のことである。

前回も書いたように、市長にとって最も大切なことは自ら考えることである。四万十市民にとっていま何が一番重要なのか。どういう政策を打ち出せばいいのか、など。

しかし、中平市政の基本は、国や県の指示やマニュアル通りにやること、極端に言えば、それ以外のことは考えなくてもよい、ということである。

私としても国や県の方針や指示は大事だと思っている。地方自治において市町村は独立した存在であるとはいえ、国、県との連携なくして行政運営がうまくいかないのは当然のことである。そのためにも、まず国や県の方針や政策などをよく理解することは大きな前提になる。

しかし、大切なことは、国や県の政策などをどう四万十市に活かすかである。全国の市町村は自然、地理、文化、産業経済などの条件がそれぞれ異なる。そうした中で、四万十市の条件に合ったような形で、応用力や創造力を働かせなければならない。また、独自の政策を打ち出さなければならないこともたくさんある。

そうした応用力、創造力こそ自治体の本当の実力である。これは市長や個々の市職員の政策立案能力のレベルということではない。それも一部には含まれるが、長年蓄積されてきた自治体総体の組織としての力ということである。その力がないと自治体は住民のいのちや暮らしを守れない。

2011年3月11日、東日本大震災が発生した。私の市長就任2年目のことである。これはよそ事ではない。四万十市もまもなく南海トラフ巨大地震に襲われる。私は7月、被災地の視察に向かった。

そこで見た惨憺たる光景に愕然とした。多くの消防団員や自治体職員が殉職していた。

私はそこで教えられた。行政として住民の命を守る最前線基地は市町村であると。国や県は、いざという時、間に合わないし、助けにはならない。地域の実情を知り、住民一人一人の顔を知っているのは市町村職員である。市町村が実力をつけていないと、いざという時、住民の命を守れない。

視察から帰ってから、私はまず庁内に地震防災課を設置した。地震、津波からの避難路、避難タワーなどの整備を進めた。自助、共助、公助・・・自主防災組織の拡充も急いだ。

地域を守るのは、自然災害からだけではない。市内全域で、過疎、高齢化が進む中では、住民同士が助け合い、支えっていくシステムをつくることが重要である。

市内全域に住民支え合いの取り組みをおこなう健康福祉委員会を立ち上げた。山間地には住民の足となる予約型のバス、タクシーを走らせる交通システム(デマンド交通)を導入した。

さらに、地域づくり支援員制度と言って、地域の相談窓口になる職員を配置し(通常業務と兼務発令)、地域の将来のことを一緒に悩み考えさせるようにした。国の制度にもとづく地域おこし協力隊も導入し、最初に3名採用した。

市民病院の拡充にも力を注いだ。市民病院はずっと医師不足が続いており、私の就任直後、常勤医師は6名にまで減っていた。私はこれを11人まで増やし、泌尿器科も再開した。脳外科による脳ドックも始めた。

すると、本市の地域おこし協力隊員と市民病院医師の奮闘を描いたフジテレビの青春ドラマ「遅咲きのひまわり~僕の人生リニューアル」がつくられ、主人公役の生田斗真らの俳優がロケにやってきて大変なフィーバーとなった。若い男女が県内外から、ドラマのシンボルとなった佐田沈下橋にどっと押し寄せてきた。

しかし、こうした四万十市が独自に始めた政策は、中平市政に変わってからはどうなったのか。

健康福祉委員会やデマンド交通は継続して取り組まれているが、市民からの期待が寄せられていた地域づくり支援員制度は廃止された。また、市民病院の医師も再び減少に転じ常勤医師は7名にまで減り(泌尿器科、脳外科の常勤医師は退職)、今年度からは入院ベッド数も99→55に、44削減されている。脳ドック制度もやめられた。いま、再び市民の命と健康を守る砦である市民病院が危機に瀕している。

さらに、ここに来て、昨年からの新型コロナの感染流行の大問題がある。本市内や幡多地域でも感染者が出ている。

にもかかわらず、市としては国や県の対策をそのまま行うだけで、いまだに独自の対策はほとんどおこなわれていない。宿毛市、土佐清水市、黒潮町など、幡多の周辺市町村では、それぞれ独自の救済策が打ち出されているにもかかわらずに、である。

それどころか、中平市長は選挙中は、自らさかんに防災行政無線(拡声器)を使ってコロナ感染予防を市民に呼び掛けていたにもかかわらず、選挙が終わったとたんに、中村で会食後の2次会にスナックに出かけ、そこに同行した市議会議長はコロナ感染、市長は濃厚接触者となり、自宅待機を余儀なくされ、公務に穴をあける始末である。この顛末は新聞、テレビ等でも全国に報道され、四万十市の恥をさらすことになった。

周辺市町村とのこうした差はどこから出てくるのか。

私は、四万十市の実情にあった対策を考える対応力、創造力の弱さにあると思う。日頃から国や県への追随ばかりで、独自に考える行政としての力が劣化している。この8年間の中平市政をみて、強くこのことを感ずる。(続く)

市長選挙を振り返る(2)

2.副市長二人制

昨年12月初め、私は市長選挙に3回目の出馬をすることを決めた。理由の第一は、1期だけでは不完全燃焼であり、やり残したこと、やりたいことがまだたくさんあったから。

しかし、それだけではない。いまの中平市政がまともな行政運営を行い、私のあとを託せると思ったならば、8年もたっていまさら出馬をしなかった。しかし、この間の中平市政をみると、とてもこのまま任せられないと思った。

自治体の首長にはいろんなタイプがあり、それぞれ、経験、知識、キャラクターなどの違いがあり、持ち味も違うだろう。そうした違いをこえて首長として一番大事なことは、市民のことを思い、考える、真面目さ、真剣さだと思う。

思い、考えるとは、まず自分で悩むことである。まわりから意見やアドバイスをもらうことはいいことである。しかし、まず自分で考えることが大事である。

田中市政から中平市政に交代してからすぐに変わったことで、その後も中平市政体制の基軸になっているものは、副市長を2人にしたことである。

中平氏は2013年5月に市長に就任した翌月の6月議会で、「突然」、国の国土交通省から出向(2年交代)で第2副市長を迎える人事案を示した。副市長は市長と同じ特別職であるから議会の承認がいる。

四万十市で副市長を2人にしたのはこれが初めではなく、私の前任の澤田五十六市長が中村市長だった時代に、当時の建設省から二人目の副市長を迎えた期間があった。(澤田氏は経済企画庁出身であったことから、国とのパイプ、人脈をもっていたようだ。)

この時、澤田市長が市民にどんな説明をしたのかわからないが、国から人を迎えることによって、国からカネを引っ張ってくること、つまり公共事業予算等の有利な配分を期待したことは間違いない。中平市長も同じだと思う。

中平氏は選挙で、このような副市長二人制についての公約はなかった。

国から人の派遣は出向人事であるから、その人件費(給料など)は四万十市が負担をしなければならない。国もタダでは人を出してくれない。

だとすれば、中平氏は直前の選挙においてこのことを市民に公約しておくべきであったと思う。(だから私は「突然」と書いた。)

人口の多い市、たとえば高知市ぐらいの市では業務量も多いことから、副市長を2人置いているところが多い(さらに大きな市は3人も)。

それと、副市長といってもいろんな経歴の人がいる。副市長1人の場合は、市職員出身者(OB)が一般的で2人目も同じところが多いが、中には二人目を、県や国から迎えるケースもある。

全国をみても四万十市のように人口が3万人ちょっとの小さい市で副市長を2人置いている、しかも国から迎えているところは異例である。

これをどう評価するかである。まず、中平市長が期待をするような国の予算面での有利な配分を受けるなどのメリットがあったのか、どうか。

これについては誰もわからないし、証明をするものがない。国の予算や補助金というものはルールに基づいて配分をされる建前であるからである。もし、副市長を派遣するなどの人事交流がある自治体に優先的に予算を配分するなどの優遇をしているとなると不公平だとして大きな問題になるし、もしそうならば全国の自治体がこぞって人事交流を申し出るであろう。

この8年間、中平市政の看板は「公共事業、インフラ整備」である。毎年の施政方針の第一はこれである。特に道路整備に力を入れており、高速道路の延伸や、地元の西土佐に通じる国道441号整備などをかかげている。これらの予算がつくかどうかが中平市長にとっての最大の関心事である。

しかし、これらの事業は国や県が行う事業であり、市の事業ではない。市が行えるのは国、県への要望、陳情だけである。

私も公共事業は大切であると思っている。私が市長在任中、2011年、東日本大震災がおこった。私はすぐに現地に視察に行き、その惨憺たる光景に絶句した。100年に一度の南海トラフ巨大地震はもうすぐ発生することがわかっている。その惨状が目に重なった。

私は庁内に地震防災課を立ち上げ対策を急いだ。津波避難路、避難タワーの整備など。高速道路も災害時には避難路の役割を果たす。国や県への要望には力を注いだ。これらの事業は、国、県との連携なくしてはできない。

だから、国や県に、地元の実情を伝える要望活動は自治体首長が行うのは当然のことであり、当たり前の仕事である。

しかし、そのことを、中平市長がことさらに強調するのには事情がある。地元土建業の意向である。公共事業がふえれば土建業界の仕事もふえる。土建業界にとっては歓迎である。

副市長を国土交通省から迎えていることによる効果はだれも具体的な数字では説明できない。しかし、公共事業に熱心であるという市長の姿勢は示すことができる。土建業界は市長選挙において中平氏の最大の支持基盤であるから、その意向は無視できない。

私は四万十市における副市長二人制の問題、弊害は二つあると思う。

一つは、市政が土建業界に代表されるような特定の人や団体の意向や要望を「忖度」する温床になること。市民全体に目を向け、その生活や暮らしから聞こえてくる市民の声を吸い上げる力が弱くなること。

二つ目は、本来地方自治というものは憲法でも定められているように国や県とは対等平等、独立しているにもかかわらず、従属した関係、国、県の出先機関(支店、出張所)のようになること。国や県の言うことに従っていればいいということになり、地元の実情に即した独自の政策などを考える創造力、企画力が劣化してしまう。

私が冒頭、市長にまず必要なものは自分で考え悩むことであると書いたのは、このことである。市長として自ら考えることなく、国、県の言う通りに従っていれば楽である。国、県の顔色を見て日々仕事を流していけばいい。

しかし、それでは市長としてのポリシー、メッセージがない。舵取り役の市長が市をどういう方向にもっていこうとしているのか自分の言葉では語れない、何を考えているのかわからないのでは、市民は不安である。

この8年間の中平市政の一番の特徴は、市としての独立性、創造力が劣化したこと。その象徴が副市長二人制である。私の今回の選挙で一番言いたかったことの根本はここにある。(続く)
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
フェイスブック(FB)もしています。

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