橋の風景

 実崎と竹島が橋でつながったのは平成八年。四万十大橋は農林水産省の補助事業「高知西南地区広域農道整備事業」で造られた、れっきとした「農道」である。

一昔前まで中村までには赤鉄橋しかなかったが、下流にこの橋ができたことで人や車の流れが変わり、中村の町を経由せず高知や足摺方面に向かう車が多く通る。金剛福寺へ歩く遍路道にもなっている。橋の両端には怪魚アカメが彫刻され、「赤い目」をギラリとさせている。中央部分の歩道には見晴らし台の出っ張りがつくられ、そこから遠く下田、初崎の河口方面を一望できる。

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青い水に青い空、テレビ塔がある遠峰山(葛篭山)からの緑の稜線、その先の海のにおい。私は全国の多くの川を見てきたが、これほど雄大なパノラマはほかにない。まさに大河のほとりという感じがする。しかし、私が自慢できるのはあくまで遠景であって、目を橋のたもとの実崎に落とすと寂しさに変わる。要塞のような堤防が集落をふさいでいるからである。

このあたりは毎年「水がでる」ところである。家々は石を積んで屋敷の土台を高くしている。渡川(四万十川)の治水工事が始まったのは昭和四年であるが、実崎では昭和二十八年に水門が造られたのが最初で、それ以降、盛り土が漸次積み上げられていった。多くの家が集落内のほかの場所に立ち退いた。

 昔の写真をみると水辺はうっそうとした林や竹やぶであった。私の記憶は昭和三十年代。そのころはすでに低い堤防が半分ほどできていたが、それでも堤防と川の間にはエノミやモッコクなどの大木が残っていた。

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夏になるとそこは子供たちのたまり場であった。沖に向かって延びた木の枝の先にロープを巻きつけ、ターザンのように飛び込んだ。えびをとり、魚を釣り、しじみを掘った。ハネ(羽根)のまわりは舟溜まりになっており、大人たちは木陰でより分けたイグサを舟で中州の河原に運んでいた。不要なイグサのかたまりは子供らがいかだ舟にして遊んだ。夕立の時には一緒になって急いで干したイグサをかき集めた。川べりは大人や子供の叫び声でいつもやかましかった。

私が中州まではじめて泳いだのは小学校一年生の時である。兄や上級生が一緒に泳いでくれたので意外に簡単だった。翌年にははるかに広い本川に挑戦した。本川は水が冷たく、流れが急なため、上級生たちに遅れないように必死で手をかいた。だいぶ流されて鍋島側に着いたときの顔は真っ青であった。それから上級生たちが一人前に扱ってくるようになった。

 子供にとって対岸は別世界、畏怖の世界である。八束小学校の遠足は名鹿の浜と決まっていたが、一度だけ平野の浜まで行ったことがあった。小学校の下にそれまで見たこともない大きな鉄の船が迎えに来て、河口の下田に渡った。その遠かったこと。下田の港は異国の風景であった。

不破の八幡さんには友達と歩いて行った。途中、山路渡しを渡ったが、胸はドキドキであった。舟のへりにつかまり、川底をじっと覗き込んでいた。対岸の角崎に着くと、不安を隠すように一目散にかけた。帰りは、手を振って舟に迎えに来てもらい、山路側に戻ると緊張感がほぐれホッとした。

 実崎の堤防は昭和四十年代から盛り土がかさ上げされ、護岸工事も始まった。昭和五十年ごろであったろうか、私が帰省したとき、川べりの木々がすべて無残に切り倒されていた。その時のショックはいまでも忘れられない。地元では木々を残してほしいと建設省に要請したが、台風などで木の根が揺れると堤防にひびが入るからと強行されたと聞いた。狭い家の間を通っていた車は、屋根より高くなった堤防の上をスイスイ走るようになった。

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川べりの木陰は夏には「沖の風」が吹くため、祖母ら年寄りたちがゴザをもって涼みにきていた。私らもその傍で寝ころがって雑誌や本を読み、夏休みの宿題もしたりしたが、そうした思い出は地固めのために植えられ繁殖した無愛想な草の下に埋葬されている。

赤鉄橋から川下はずっと堤防が続いてはいるが、水辺に河原や自然の草むらすら残っていないのはこのあたりだけである。いまは水に近寄るのも危なっかしく、川で遊ぶ子供などみたことがない。大人もほとんどみかけない。治水のために堤防がつくられることで、水辺が失われ、人と川のつながりが分断される。住む人の生活やつきあいにもうるおいがなくなった。

交通の便のために橋がつくられることで、対岸がなくなり、子供たちは川を泳いだり舟で渡るさいのあの感動をおぼえることもなくなった。

人間は便利さや安全の代償としてかけがえのない「こころ」を失っていく。
たまに帰省した時、橋の上で寂しさをこらえながら、そんなことを考えている。

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 「文芸なかむら」16号 2008年7月
 『わがふるさと中村』所収
 (写真は今回貼り付け)



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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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