名護市稲嶺進市長の訴え

11月29日、「名護市と連帯・交流する集い」を開いた。

前日、四万十市で「友好都市サミット」が開かれ、大阪府枚方市(事務局)、沖縄県名護市、北海道別海町からそれぞれの首長と議長が参加した。せっかく名護市稲嶺市長がみえるのだから、公式行事のあと、一般市民との交流の場もつくってほしいと、私から申し入れたところ、稲嶺市長から快諾をいただいた。沖縄に帰られる直前、朝9時からの開会であったが、会場の四万十市社会福祉センターにはホールいっぱいの約150人の市民があつまった。

私が歓迎挨拶をし、稲嶺進市長と屋比久稔議長から、辺野古への米軍基地移設をめぐる現状等について報告してもらい、意見交換。これからも一緒にがんばろうと、市民からの応援メッセージもあり、友好的な雰囲気で進められた。閉会挨拶は岡本淳・元中村市長がおこなった。

沖縄全島が燃えている。これまでとはステージが大きく変わった、政府は窮地に追い込まれている、という強いインパクトを受けた。

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以下は、稲嶺市長と屋比久議長の話の要旨です。


( 稲嶺進市長の話 )

みなさん おはようございます。

今回、「友好都市サミット」で四万十市におじゃましていましたが、このような交流の場をつくってくだるというので、喜んで引き受けました。というのも、いま大混乱の中にある沖縄の問題が、どこか遠い国の話だと思われているのではないかと心配しており、多くの人たちに沖縄の現状(国土面積0.6%に米軍基地74%が集中)を知ってもらい、問題意識を共有したと願っているからです。

沖縄の新聞2紙は、沖縄の基地にかかる事件・事故について詳しく書いていますが、全国紙などではあまり取り上げない。取り上げても、わずかなスペースであり、中身を伝えてくれない。情報格差を覚えます。

先に沖縄の全41市町村の首長と議長が「名護市辺野古への米軍基地移設反対」の「建白書」を政府に提出し、ことあるごとに要請をしてきたが、完全に無視され、一顧だにされない。大変な危機感をもっている。

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そこで、アメリカ政府や市民に対しても、直接訴えねばならないと思い、2012年に続き、今年5月にも、ニューヨーク、ワシントンに行って来た。1週間でマスコミ12社、47人の国会議員・団体に会ってきた。

国会(上下院)の軍事委員会委員の1人は、沖縄の人口は2千人ぐらいなの? と言っていた。コロンビア大学では、沖縄の名前も場所も知らない学生がいた。日本と言えば、富士山、京都、東京ぐらいしか知らない。

9月には、琉球大学の学生の前で講演した。いまの学生たちは、生まれた時から米軍基地があり、それが当たり前になっている。現状を説明するだけでは理解できない。そこで、きょうみなさんにもお配りしている戦後の沖縄の歴史年表をレジメとしてつくった。安倍首相がなぜ集団的自衛権にこだわるのか、なぜ日本が韓国・中国から名指しで非難されているのか等は、戦後沖縄の歴史を知らないとわからない。アメリカの歴史家、オリバーストーンは「歴史を学べば、今と未来が変えられる」と言っている。

 いま、沖縄には2万5千人~3万人のアメリカ兵がいる。そのうちの70%が海兵隊です。海兵隊が一番事件や事故をおこす。この海兵隊が沖縄に来たのは1956年です。岐阜と山梨から来ました。その頃は、日本全体で反米反基地闘争が盛んな時で、そこにいられなくなった。

当時、沖縄の施政権はアメリカにあり、銃剣とブルドーザーで基地をつくり、「基地の中に沖縄がある」状態となったため、沖縄なら大丈夫ということで送りこまれてきた。

日本は7年間の植民地時代を経て、1952年、サンフランシスコ条約で「独立」を果たした。しかし、その舞台裏では、日米安保条約と日米地位協定が結ばれた。戦争が終わったら、勝った国は自国へ引き揚げるのが国際法の原則だが、「アメリカが望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利」を保障させるため、安保条約と地位協定を結んだ。当時、天皇もこれをすすめた。アメリカの重点は、サ条約→安保→地位協定ではなく、その逆にあったと、寺崎太郎外務省アメリカ局長はのちに書いている。

名護市では、最近市民向けのパンフ(「米軍基地のこと 辺野古移設のこと」)をつくった。きょうみなさんにもお配りしている。国は県の意見を求め、県は市の意見を求める。市は市民の意見を求めるので、現状をわかりやすいよう、中学生にもわかるようまとめた。英語版もつくった。

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最初に、豊かな恵み、辺野古・大浦湾について書いている。ここの生物多様性は世界遺産クラス。ここに基地ができる。この基地は普天間からの「平行移動」ではない。滑走路はv字の2つになる。弾薬搭載施設、軍港、燃料桟橋、水陸両用車上陸斜面等は、普天間にない施設。また、また滑走路は長さ1800メートル、海面上高さ10メートルであり、海上にコンクリートの固まりがドカンとできる。

なのに、環境アセスメントは穴だらけ。3,4年かけなくてはならないのに、急いで1,2年でやろうとするからだ。われわれは、着工に間に「合わせる」ための「アワセメント」ではないかと言っている。オスプレイ配置も最初は隠して、あと出しジャンケンで出てきた。

政府は沖縄県知事(仲井真)から埋め立て承認を得たので、法治国家として「粛々」と進めると言っている。海上ゲート前は、海上保安庁の船60隻が反対運動のカヌーや漁船を囲んでいる。けが人も出ているが、意に介さない。しかし、それこそ法治国家としては名護市を無視できない。名護市長がもつ、埋め立ての6つの権限について許可申請をしてきている。権力を持つ大きな国が姑息なやり方で。

申請書が入った封筒を夕方5時の閉庁直前に黙って入口の机の上に置いていく。また、市が審査しないうちに、どうせだめだろうと、はや3件を取り下げた。市長の権限をすりぬけて県に申請を出したり、この国はどうなっているのか。

時間をかけたアセスをやっていないので、質問をしても答えられない。政府は「粛々」と言っているが、埋め立て工事は進んでいない。ヤードを置くこともできない。2つの漁協は許可をだしていない。政府は強がりを言っているが、内実は進んでいない。あせっている。アメリカからは、辺野古はダメではないか、第2、第3のプランが必要ではないかという声が出ている。

これからは知事もダメと言う。これで粛々と進むことはありえない。日本の民主主義は成熟していないが、アメリカはそれをリードしてきた国。市長、知事がダメと言っているのに、日本政府は非人道的、非民主主義的なやり方をしていると、アメリカから「待った」がかかると思う。

日本は宗主国のアメリカ、親方にきらわれたくない、ほめられたいのだ。先の防衛大臣の森本さんは言っていた。「軍事戦略的には沖縄でなくていいが、政治的には沖縄がベストだ」。沖縄は国土面積の0.6%、人口の1%であり、力でねじまげることができる範囲。アメリカに対して、いいことを言える、やっているというメッセージを送れる。

アメリカは財政的にきびしい。海外負担軍事費は10年間で10兆円になる。いま戦略のグローバルな世界再編をしている。沖縄の兵士9千人をグアムやオーストラリアに移したいのだが、日本が沖縄に居てくれと言っている。アメリカにとっては兵士が本国に帰ることが最大の雇用につながるのに。(雇用の大将)

アメリカに、1兆円をかけて新基地(辺野古)をつくりますかと聞いたら、NOと答えた。日本が出て行ってくれるな、基地をつくってくれるというから居るのだと。そもそも、辺野古への普天間の移設というのは、国民の目をそらす問題のすり替え。直接関係のない話。日本は普天間を5年以内返還と言っているが、アメリカは早くて2022年と言っているように。

アメリカの基地はヨーロッパにもある。日本の地元負担は、ヨーロッパ各国負担合計の2倍を超える。日本はありがたい存在。なのに、新基地(辺野古)ができても、その運用について日本は何も言えない。野田前首相は、オスプレイについては、日本がとやかく言えることではないと言っていた。日本政府は誰のことを思っているのか。

翁長新知事もアメリカに行きたい、今までとは状況が違うと伝えたいと言っている。私も同行したい。「ひらみかち うまんちゅの会」(がんばろう みんなという意味。知事選の応援協力組織)からも集団でアメリカへ乗り込もうと言っている。

戦後69年間、沖縄は基地被害にあってきた。差別的扱いを受けてきた。これ以上はガマンできない。保革を乗り越えて一つにまとまろうというのが、「建白書」の精神だ。社民党とか、共産党とかの政治的イデオロギーではなく、基地問題では一つにまとまるべきだ。

私が市の教育長をやめて、市長選挙に出馬をしたのも、市議会の保守の人たちの半分がわたしのところへ来て、あんたが出ないとダメだといわれたから。そのあとに革新の人たちが来た。結果、3分の2の市会議員にかつぎだされた。その名護版が今回沖縄版になった。

われわれは全国の新聞の社説などを見て比較している。その中で、高知新聞は沖縄の問題に関心をもってくれている。うれしい。今朝もインタビューを受けた。高知県には親しみをもっている。

今後ともよろしくお願いいたします。


(屋比久稔・名護市議会議長の話)

私は市会議員6期目。議会は稲嶺市長を支える与党が多数であり、私も与党です。

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稲嶺市長にはわたしら保守の議員が出馬を要請し、あとから革新も参加をしたもの。この名護方式が今回の知事選で沖縄方式となった。

知事選と同時に県会議員補欠選挙があった。名護市では前回市長選で敗れた元県会議員が返り咲きをはかろうとしたので、われわれの側は、最初から白旗をあげてはいけない、無投票ではいけないということで、共産党市会議員を10期やった具志堅さんに立候補をすすめた。本人はもう引退したのだからと言われたが、われわれ14人の与党議員がみんなで応援をするからということで立候補してもらい、1千票差をつけて勝った。本人が一番驚いていたが、われわれには勝つ自信があった。これで名護市の県会議員は2人とも稲嶺与党側になった。

沖縄の自民党衆議院議員4人は、辺野古基地反対で当選したのに途中で公約を破った。首相官邸の前で、首がダレ、さらし者になった。今度の総選挙では誰も当選しないだろう。

知事選と同様、「ひらみかち うまんちゅの会」から統一候補を出すことになった。
10万票差をつけた「建白書」がモノを言うだろう。

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ブログ「名護市長 稲嶺進さん」http://hatanakamura.blog.fc2.com/blog-entry-119.html

 


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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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