幸徳秋水・坂本清馬 合同墓前祭

 1月24日は、104年前、幸徳秋水が大逆事件で処刑された日。この日にあわせて、幸徳秋水を顕彰する会では、毎年、墓前祭を行なっているが、今年は同事件で無期懲役とされた坂本清馬の没後40年にあたることから、はじめて2人の合同墓前祭という形をとった。

暖かく快晴。例年、小雪が舞うなど、凍えるのに、めずらしい。この日にあわせて、まわりに生い茂っていた雑木を伐採したので、さらに空が明るくなった。2人の墓がある中村の正福寺には、約80人が集まった。

 
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最初に顕彰会の谷口平八郎副会長があいさつ。(北澤保会長は体調不良で欠席)秋水のことは皆が詳しいので、主に坂本清馬についての話があった。清馬については、前回のこのブログで書いたとおり。24年間獄中にいても一貫して無実を主張。戦後は、再審請求裁判も行なった。没40年にして、はじめて秋水と対等に扱うことになったが、もっと早くこうすべきではなかったかと思う。

今年も秋水の縁者3人が参加。東京から幸徳正夫さん、姫路から稲村知さん、地元から田中和夫さん。それぞれ献花をした。ほかに、地元行政、市民団体、政党(社民党、共産党)代表等も献花。

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そのあと2人がスピーチ。
幸徳正夫さん(秋水の義兄駒太郎の玄孫)が幸徳家を代表して。地元には幸徳を名乗る者が残っていないことから、墓の管理等、地元にはお世話になっているというお礼の言葉があった。

毎年参加してくれている高知市立自由民権記念館友の会の岡林登志郎会長からも。高知県下には、ほかに3人の事件犠牲者がいる(高知市出身、小松丑治、岡林寅松、奥宮健之)ので、ともに連携して、顕彰活動の輪をひろげていきたいと。

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閉会あいさつは私(顕彰会顧問)が行なった。
今年、合同墓前祭としたことで、秋水顕彰活動は新たなステージに入った。4年前の刑死100年を機に、ここ中村で開いた大逆事件サミットは、昨年2回目を福岡県豊津(堺利彦生地)で、来年は大阪(管野須賀子生地)で3回目を行なう。安倍政権が特定秘密保護法、集団的自衛権を強行し、対外排除の「愛国心」をあおっているいまは、100年前、秋水が非戦論を唱えた時と酷似している。こういう時だからこそ、大逆事件を忘れず、犠牲者たちの顕彰活動をひろげていくことが大切であると。

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墓前祭終了後は、会場を近くの市立文化センター会議室に移し、記念講演会を行なった。講師は作家山岡千枝子さん。演題は「秋水と地元ゆかりの人々」。
山岡さんは高知市在住だが、中村育ち。幸徳家縁者が近くにいたことから、秋水の家族について関心をもつ。「一粒の砂―小説・幸徳秋水の母多治子の生涯」「永い冬―大逆事件最後の証人坂本清馬の生涯」などの作品を書く。

幸徳家のまわりには、兼松、富田、木村などの親戚がいたが、知識階級の人が多く、みんな秋水のことを心配してくれる、心温かい人ばかりだった。秋水のことで、お互いにののしりあうようなことはなかった。

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このことは、中村の町全体でもいえる。幸徳家が迫害をされたり、のけものにされたという記録もない。いま、幸徳を名乗る家は中村にはないが、これは別の事情でそれぞれ地元を離れたためである。3人の秋水縁者も講演会に参加されたので、意見交換の中で、身内にしかわからない、そのあたりの雰囲気を知ることができた。みんな秋水のことを誇りに思って生きている。

今年の墓前祭は、墓地周辺山林の伐採と並行して、私も準備の段階から深くかかわってきたので、無事終わり、ほっとしている。

これからも、人権弾圧のない社会をめざし、全国各団体とのネットワークを拡げていきたい。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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