宮尾登美子の満州(1)

 作家宮尾登美子が昨年暮れ亡くなった。88歳。宮尾は高知県生まれ。しかし、私はこれまで彼女の作品は一つも読んだことがなかったし、読む気もしなかった。

私は彼女にいいイメージをもっていない。読んだこともないのに、こういうのは変かもしれないので、正確に言えば、彼女の作品が原作となった映画やテレビにいい印象をもっていないということだ。

彼女の出世作は「櫂」(太宰治文学賞受賞)。娼妓紹介業(女衒(ぜげん))の家に生まれた自分の生い立ちを書いた自伝的作品で、これを起点にして、彼女は「陽暉楼」「鬼龍院花子の生涯」「春燈」など、土佐の花柳界やそれを取り巻く任侠の世界にスポットをあてた作品が一つの塊り(かたまり)になっている。

宮尾の作品は、ほかにも歴史上個性的な生き方をした女性を独自の視点で描いた作品も多いようだ。いずれも映画、テレビ、舞台等に何度も登場している。宮尾作品は映像や舞台に使いやすいというのがもっぱらの評判らしい。

 私も高知県の人間である。だから、それらの映像の中でも、最初のころの、「鬼龍院花子の生涯」「陽暉楼」が特に気になる。中でも、夏目雅子の「なめたらいかんぜよ」のセリフで有名になった「鬼龍院・・・」。

私は原作にこのセリフがあるのかどうか知らない。映画の脚本だけかもしれない。しかし、このセリフでどれだけ土佐のイメージが傷つけられたことか。土佐弁は激しい言葉だとされているが、実際は、あんな場面で「~ぜよ」と使うことはない。土佐人と言えば、酒ばかり飲んで、粗野で野蛮で短気と思われてしまうように描かれている。

私は当時、高知県を離れていたので、自分の大切なふるさとが、そんな野蛮な描かれ方をするのがたまらなくイヤだった。土佐と言えば明治維新や自由民権。目の前に広がる太平洋の先を見通す、進取の精神は、剛毅な気性につながっている。しかし、剛毅と野蛮は別物である。「なめたらいかんぜよ」以降、坂本龍馬のTVドラマなどでも、やたら変な土佐弁を強調するため、耳についてしょうがない。

さらに、気に入らないのは、高知県の観光PRにおいても、これらの映像やイメージを利用し、上乗せしていることである。龍馬を全面に出し、観光スタッフが普段使わないような土佐弁を無理に使う。ゼヨゼヨ、キ―キ―、が氾濫しており、そこまでやるのかと、見苦しい。

私はこうした現象の出どころ一つが宮尾作品だと思っている。

しかし、そうは言っても、宮尾登美子と言えば、文壇の大御所。その死が大々的に報じられ、新聞、TVなどで追悼特集がいまも続いている。ならば、私も読んでみなければと思った。自分勝手かもしれないイメージを検証するためにも。

 私は宮尾登美子について、以前から気になっていることがあった。それは、彼女が満州開拓団の引き揚げ者であること。

高知県からは大勢が開拓団として満州に渡った。特に、幡多郡北部(北幡)からが多い。私は学生時代、北幡の開拓団について調査をしたことがあり、またその後市長時代、江川崎村開拓団(現・四万十市西土佐)の旧満州入植地への慰霊の旅に同行したこともある。開拓団の歴史については強い関心をもっている。

彼女はなぜ満州へ渡ったのか。どんな生活、どんな引き揚げだったのか。それが作品全体の根っ子にどうつながっているのか。

私は今年になってから、彼女の自伝4部作を読んでみた。生い立ちから満州引き揚げを経て、作家として自立するまでが書かれている、「櫂」、「春燈」、「朱夏」、「仁淀川」である。それと、彼女にとっての土佐を覗くことができる、高知新聞に連載したエッセイ集「つむぎの糸」も。   (続く)

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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