宮尾登美子の満州(4-終)

 昭和21年9月、満州から1年半ぶりに日本に引き揚げてきた宮尾一家(当時は前田)は、夫の実家のある吾川郡弘岡上ノ村(現・高知市春野町)に戻る。

夫は戦中教員をしていたが、実家は農家であった。実家には夫の母と祖父がいた。以後、宮尾は「農家の嫁」としての生活が始まる。小説「仁淀川」にその様子が書かれている。

実家はいわゆる小百姓であったため、農作業は母が主体であり、夫は教員をやめ地元農協に勤めながら母を手伝った。宮尾も少しは手伝ったようだが、小さな子をかかえていたこともあり(帰国3年後には二女も生まれた)、百姓仕事ができない「町から来た嫁」として、母もあきらめていたようである。

農村の因習に馴染めず、また姑との確執の中で、宮尾は村の保育所の保母や、高知市社会福祉協議会の仕事をしている。満たされない気持ちの中で、少しずつモノを書き始める。最初は、満州での体験を書き残したかったからという。宮尾は文学少女だったというほどではないにしても、小学校や女学校時代、家では本好きな子だったようである。

文芸誌へ投稿する中で(当時のペンネームは前田とみ子)、昭和37年、小説「連」で女流文学賞を受賞。ペンで生きることを決め、家を出て離婚。高知新聞記者(宮尾氏)と再婚し上京。売れず飛ばずの10年後、小説「櫂」をステップに文壇の大御所に登り詰めた。

・・・・・・

宮尾登美子は我欲の強い人だった思う。父の職業(娼妓紹介業)がいやで、若くして結婚。満州は自らも望んだものだった。それなのに帰国後は農家の嫁にはなりきれず離婚。ペンで生きるため再婚して上京・・・芯が強かったというより、最後まで我を通した。

それは作品にも反映している。自伝4部作に限った話だが、主人公(宮尾)の心の動きや、身の回りの描写はきわめて詳細かつ深い。女流作家特有と言うべきだろう。しかし、その時代背景や社会情勢等については、抑制的というか、ほとんど触れられていない。淡々と生活を描く、その裏ににじみ出る時代の襞(ひだ)をうかがうからこそ、すごみがあり、それが文学だと言われるかもしれないが、私にとっては物足りない。

満州での生活を書いた「朱夏」は、満州開拓団の記録としても貴重である。私は開拓団といえば悲惨で気の毒というイメージを抱いてきたが、難民生活はそれだけでなく、互いに助け合うという世界にはほど遠く、自分だけは生き延びたいと言う、人間の強欲がむき出しになる、醜い修羅場だったということ。また、みんなが引き揚げ船に載ったのではなく、いろんな事情から大陸に残ることを望んだ者もいるということ、など。・・・しかし、戦時下の軍の動きや戦局については、鳥瞰的な記述しかない。

こうした小説手法は、宮尾が意識して採用したものではなく、もともと宮尾にはそうした視点がなかった、関心がなかったからだと思う。というのも、宮尾はエッセイ集「つむぎの糸」で、実際の私生活において、選挙にはほとんど行かないと書いているし、時事問題等にふれたものもない。

先にも書いたように、宮尾の作品は大半が映像や舞台にも登場している。しかし、満州前後を書いた「朱夏」「仁淀川」は例外である。地味で暗い内容は、エンターテイメントに脚色のしようがないということだろう。

私は自伝4部作以外の作品は読んだことがないし、これ以上いますぐには読むつもりもない。「序の舞」「天璋院篤姫」「蔵」「クレオパトラ」などの有名作品は、いずれも歴史上実在した人物を独自の視点で描いたもののようだ。宮尾がこうした分野に注力したのは、私の勝手な推測だが、それをどうしても書きたいというよりも、多分に「売れる」「読まれる」ことを意識したものではなかったかと思う。だから、その作品はドラマチックで映像等になりやすい。

自伝の中の「櫂」「春燈」にしても、娼妓紹介業という、世間一般から言えば興味をそそられる父の仕事が作品のベースになっている。自分の出所を明らかにすることには勇気がいったであろうが、「作家になりたい」「有名になりたい」から、あえて暴露したものであろう。

しかし、「朱夏」「仁淀川」は、地味でおもしろくもなく、読んでもらえないかもしれないけれど、世間に認められる作家となった以上、その責任を果たすため、半ば義務的に書いたものではないだろうか。そこに作家としての良心と言うべきものがあると思うし、同じ高知県人として、救われる気がする。

また、飢えの極限まで追いつめられた体験は、強欲で我儘な人間の本性を浮き彫りにするという宮尾文学の幹を大きくする肥やしになったのだろう。

その意味で、作家宮尾登美子の代表作は、満州戦後を書いた「朱夏」と「仁淀川」であると思いたい。  (終)

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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