続 土豫銀行跡地問題

旧土豫銀行跡地活用問題については、昨年9月14日付ブログにも書いた。
http://hatanakamura.blog.fc2.com/blog-entry-105.html

しかし、その後も進展はない。

建物解体作業は予定通り昨年いっぱいで終わり、年明けから、天神橋商店街アーケード通路との境界に壁がつくられた。壁なしで放置をしておけば、雨風が吹き込むし、野ざらしの土地がむき出しに見え、商店街の景観上も営業上も問題があることから、しばらく壁をつくることはやむを得ないと思うのだが、それにしても頑強な壁をつくったものだと思う。

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壁は暫定的なものであるはず。壁の建設にも撤去にもかなりの工事費がかかる。だとすれば、あまり費用がかからないような程度のものでいいと思う。しかし、ごらんの通り、太い鉄骨と基礎コンクリートと、えらく立派なものになった。

ということは、しばらく撤去をするつもりがないということであり、跡地活用計画もいますぐには考えないという、市の意向を示したものと言える。

 私の市長時代、市にこの土地建物を無償譲渡してくれた山泉脩さんが、昨年10月、東京から帰省をされていた。いまの市執行部には会ったことがないというので、私がご案内をすることにした。あいにく市長は出張中だったので、副市長に会い、山泉さんを紹介した。併せて、土地建物を譲渡していただいた経緯等をあらためて説明した。山泉さんからも直接伝えた。

以前、銀行裏に山泉さんのご自宅があり、そこに最後はお母様がおひとりで住んでおられた。お母様は、天神橋商店街をはじめとする中村のまちなかの賑わいが失われていくことに、大変な寂しさをもっておられた。そこで、この土地を活用して、まちに賑わいを取り戻してほしいというのが、遺言だった。

しかし、副市長からは、跡地利用の具体的計画案は聞けなかった。高速道路が延伸しているので、これにあわせて市街地全体をどう再開発をしていくか、これから考えないといけないので、それにあわせて検討していきたいというものだった。つまり、それはかなり長期的なものであり、いますぐには活用策は考えていなし、考えるつもりもないという意味にとれた。実際、市長も12月議会で同様の答弁をしている。いまは検討するスケジュールも決めていない、と。

こんな悠長なことでいいのだろうか。先のブログにも書いたとおり、私は、当該跡地周辺一帯を再開発し、映画上映等多目的ホールを中核とする、新たな街並みづくりを考え、公約として提示していた。まちなかに賑わいを取り戻すためには、人が集まってくれる施設をつくる必要があると考えたからだ。しかしながら、この計画については、その後は検討すらなされていない。

現執行部は、あらためて広く意見を求めると言って、おととし、市民や観光客向けにアンケートをとった。しかし、アンケート結果については、公表されないまま、ウヤムヤになっている。あのアンケートは何だったのだろうか。

 中村は、かつては「おまち」と言われ、近郷近在からの人であふれ、その賑わいはものすごいものであった。しかし、いまは市街地の空洞化が進み、アーケード街はシャッター通りになってきている。

中村のまちは四万十市だけでなく、幡多地方の顔であり、シンボルである。「おまち中村」の復活なくして、四万十市や幡多地方の繁栄はありえない。「里も栄えてまちも栄える」「まちが栄えて里も栄える」。里とまちは一体である。

そんな中、天神橋商店街の一等地という土地の提供を受けたことは、市街地に賑わいを取り戻す、絶好のチャンスである。それなのに、何らその活用策を打ち出そうとはしない、いまの市の姿勢は、知恵がないのか、ヤル気がないのか。また、土地提供者の好意に応えるつもりもないのか。行政としての責任放棄である。

地域の再生に向けて、残された時間はない。
いますぐ、具体的作業に着手することを望む。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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