伊豆大島の底力

伊豆大島が台風による土石流災害で大変なことになっている。
私はこの島に行ったことはないが、島民の底力を知っている。
きっとこの難局を乗り越えてくれるものと信じている。

昭和61年11月のことだった。三原山が噴火をした。
最初はいつもの小噴火で観光客が見物に来ていたぐらいだったが、突然、地を裂くような大噴火(500年ぶり)になってから大混乱。溶岩流が今回被害にあった島の中心部の元町地区にものすごい勢いで迫ってきた。

そこで急遽、島民1万人全員が島を脱出することになった。
溶岩が迫る。時間がない。島全体がパニックの中で、役場の職員たちがバスや船を手配し、一人の犠牲者も出さず、たった一夜のうちに全島避難をやってのけたのだ。

しかし、その後も大変だった。東京に避難してからだ。竹芝桟橋に近い港区の体育館などに収容されたが、着の身着のまま脱出したので、身の回りの生活用品などもっていない人がほとんど。救援物資も届くが、どうしても必要なものは買わなければならない。
ところがおカネがない。当然、預金通帳や印鑑など持ち出せるはずがない。島の人たちの多くは農協や漁協に貯金をしていた。

私はその時、農林中央金庫の推進部にいた。推進部は、全国の農協や漁協の信用事業(金融事業)の企画・指導をおこなうところ。避難者の対策本部が東京都水産会館(港区)に置かれたこともあり、推進部をあげて応援体制をとった。もちろん土日も返上だった。

そこで、当座の生活資金をどのようにして貯金口座から引き出すかが問題になった。印鑑、通帳どころか、農協、漁協の貯金台帳すらない。本人確認だけでなく、貯金残高もわからないのに、どう対応するかである。
前代未聞の出来事で、こういう場合のマニュアルはなかった。金融機関は保守的で、常に悪い場合のことを考える。なりすましの者がカネを引き出しに来るかもしれない・・・などと、議論があった。

緊急対応として、払い出しを行なうこととした。1人10万円まで、サインだけで、本人確認は顔を見、話をきいて行なう。
案ずるより産むが易し。島民の顔は、みんなわかっていた。心配した不正引き出しのようなことは一件もなかった。共同体としての、島の生活のつながりの強さである。

約1か月後、島民は正月が明けてから全員島に戻った。その時、農協や漁協の貯金残高は逆に増えていた。当座は引き出しても、その後もらった見舞金などを預ける人が多かったからである。笑い話のような本当の話である。
災害時、緊急時の金融機関の預貯金引き出しのあり方として、この時の事例がその後、東日本大震災のさいなどにも適用されたときいている。

今回の災害は火山噴火でなく、慣れない豪雨だった。
しかも、深夜、気象庁特別警報なし、トップ不在など、不幸な条件が重なった。

しかし、あの「奇跡の脱出」をやってのけた伊豆大島だ。
きっと「奇跡の復興」を遂げてくれるものと、その底力を信じている。
負けるな、伊豆大島。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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