四万十川 ウルトラマラソン

10月20日、四万十川ウルトラマラソンに、去年までの主催者(大会会長)から、今回はじめてランナー(60キロの部)として参加をした。

この4年間、前夜祭、開会式、そして表彰式などを通して、全国からやってくるランナーたちと交流し、感動のドラマをこの目でつぶさに見てきた。
「踊る阿呆に見る阿呆」なら「走らなソンソン」と、いずれランナーとしてこのお祭りに加わりたいとの想いが高ぶっていたが、今年そのチャンスがやってきた。

5月に公職を離れてから、すぐに練習を始めた。
私は子供のころから足が遅く、運動会ではビリ競いばかりなので、秋になるといつも憂鬱になった。スポーツとしても、中学生の頃、軟式テニスをやったぐらいである。
それでも、なぜかマラソンは嫌いではなかった。小さな中学校であるが、全校で2位になったことがある。

その後しばらく、走ることには縁がなかったが、30歳代はじめのころ、職場で健康づくりのためのマイペースランニングが推奨されだした。そこで仕事のあと同僚と一緒に皇居一周や、休日には当時の社宅近くの玉川上水や飛鳥山公園を走ったりした。

転勤先でも走るコースには恵まれていた。住まいの近くに、岡山は運動公園、福岡は大濠公園、札幌は円山公園、大阪は大阪城公園などがあった。ただ走るだけでは続かないが、コースがいいと、いろんな出会いがあったり、オプションの楽しさが加わる。岡山では、20キロ、15キロの大会に出たこともある。
こうして30~40歳代は、ちょこちょこと走っていた。

しかし、50歳前後からは再び走らなくなってしまった。はっきりとした理由は特にないが、仕事でそれなりに責任のある立場になったりして、走ることを楽しむという気持ちの余裕がなくなったことが大きいと思う。

5年前、地元に帰ってきてからは、ますます余裕がなくなってしまった。土日も公務などで休みがなくなったというのは、理由にはならない。時間はつくるものであるから、その気さえあればいくらでもつくることはできたはずである。私は公式プロフィールの趣味の第一にジョギングをあげていたことを、みんな不思議に思っていたことだろう。 

アルコールとの付き合いは半分仕事であるから仕方がないこと。体脂肪やコレステロール値も必然的に高くなり、それをコントロールするためにも走りたいという気持ちはずっと持っていたが、一歩を踏み出せない自分をいつも歯がゆく思っていた。

結局、周りの環境変化に後押しをしてもらうしかなかった自分が情けない。健康のことを思えば、そういう環境を与えてくれた市民のみなさんに感謝をしなければならないのだろう。
それと今年で19回目になるウルトラマラソンを、ここまで素晴らしい大会に育てあげてくれた全国のランナーと市民ボランティアのみなさんにも。

いま全国各地でマラソン大会が盛んに開かれているが、ウルトラマラソン(42.195キロを超える距離をいう)で日本陸連公認コースとして認められているのは、ここと北海道のサロマ湖マラソンだけである。

人気もドンドン上がり、今年は定員2000人に対し、6267人の応募があり、抽選が年々厳しくなってきている。人気の理由は、四万十川に沿った変化に富んだ美しいコースと、ランナーと同数集まるボランティアや、沿線住民からのあたたかい声援である。
いまやこの大会は地元と全国を結ぶ一大交流イベントになり、毎年いろんなドラマが生まれている。
市が3年前から始めた「四万十市ふるさと応援団」への登録も増えている。
地元にこんなすごい大会がなければ、私も走る喜びを取り戻せたかどうかわからない。

私は今年が還暦。60歳から60キロの再スタートだ。
ウルトラマラソンには、来年以降も体力の続く限り、参加をさせてもらいたいと思っている。いずれ大会の本命100キロにも挑戦をしたいという夢をもちながら。

ちなみに、今回の60キロ、私のタイムは9時間15分12秒、制限時間(9時間30分)ギリギリでした。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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