天下御免 平賀源内

 あこがれていた人にやっと会えた、念願を果たした気分だ。

平賀源内の生地、志度の町は、いつか訪ねてみたいと思っていた。高松には何度も行っているが、いつも仕事でトンボ帰りばかりだった。しかし、フリーになったいま、農林中央金庫勤務時代のOB会が高松であるというので、いい機会だと思い、一日早めにでかけ、7月10日、高松の少し先の隣町志度(現さぬき市)に足を延ばした。

 平賀源内の名前は子どものころから知っていた。社会科教科書で。エレキテル(発電機)を江戸時代につくった発明家として。しかし、グッと親近感をもつようになったのはテレビドラマから。1971~72、NHK連続ドラマ「天下御免」だ。

早坂暁オリジナル脚本による、源内さんを主人公にした、この時代劇は、痛快このうえなかった。小気味良いテンポで、コミカルだが、決して単なる娯楽ドラマではなく、当時の時事問題をもとりあげた教養番組でもあった。

主役山口崇がはまり役。相手役は新人の中野良子。林隆三、桃井かおり、ハナ肇、坂本九らもいた。映像の早送り、巻戻し、突然現代にタイムスリップなど、アッと驚く演出もあった。水前寺清子の語りも絶妙だった。

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この作品は、当時のドラマの常識を変えた、伝説的な作品として名を残している。以来、私は早坂暁ファンなったのだが、山口崇ファン、源内ファンにもなったのだ。

 志度の町には生家跡と記念館があった。源内さんは、単なる「発明家」ではない、多彩で多能な天才であった。讃岐を出てからは、主な活躍の舞台は江戸になるが、長崎、大阪、伊豆、秩父、秋田にも足を運んでいる。本職は一貫して本草学者だったが、文士、アーティスト(画家、陶芸家)、博物学者でもあり、またイベントを仕掛けるプロデューサー、さらには鉱山開発も手掛けた実業家でもあった。

神田に住み、杉田玄白、司馬江漢、田沼意次(老中)らとのネットワークももった。江戸の文化の情報発信源であり、コーディネーターであった。

しかし、生涯独身。最後は、誤って人を斬り、牢獄で、51歳で死ぬという劇的なもの。鉱山開発では失敗し、山師のイメージも残しているようだから、私の源内像はここに来て、かなり複雑怪奇になってきた。

朝日新聞が2000年に行なったアンケートでは、日本の科学者人気ランキングでは、1位 野口英世、2位 湯川秀樹、3位 平賀源内 と、根強い人気だが、源内さんは「科学者」の枠には収まらない得体の知れなさがあり、謎めいている。

生家跡では、庭の薬草園を手入れ作業中の平賀家7代目ご当主にお会いできた。源内さんを彷彿させる、博識で、ひょうひょうとした、お方であった。

生家跡、記念館とも展示は充実していた。学芸員もすばらしかった。昭和3年に顕彰会が発足したというのだから、活動も多彩で、市民に広く根を張っている。

記念に求めてきた薬草茶も、さっぱりしたのど越しであった。アジサイの花が薬草だということも初めて知った。

山口崇さん(いま78歳)は、3年前、ここで開かれた「平賀源内シンポジウム」に参加された。地域の文化発信や、まちづくりについて、貴重な提言をされた。いまは、出身地の淡路島に住み、民話研究活動をされているという。源内さんと同じように、俳優だけにとどまらない、多能な方であり、やはり、あのドラマは、山口崇さんだからこそ成立したのだと思う。

源内さんのおかげで、いろんな出会に恵まれた旅となった

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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