校庭のクスノキ

 私の母校、八束小学校の校庭のまん中に大きなクスノキ(楠)がデンと座っている。体育の授業をする時などに邪魔になっているだろうと心配するが、いまや八束小学校のシンボルになっている。

いまの小学生はもちろん、赴任をしてくる先生だって、みんな、なんで校庭のドまん中にクスノキを植えたのだろうと、不思議に思うことだろう。

私はこのクスノキがいつごろ植えられたのかは知らない。しかし、私が小学校のころには、このクスノキは学校正門横にあったことをはっきりおぼえている。当時は、それほど大きくはなかった。

木には足がないので歩くはずはない。だとすれば、植えかえられたのだろうか。誰もがそう思うかもしれないが、実際は校庭のほうが動いたのだ。

八束小学校前の国道321号は、いまは直線だけれど、当時は四万十川が湾曲した入江になっており、深い渕があった。私の頃には、道のカーブの出っ張った山を崩し、その土砂を投じて、渕を少しずつ埋め立てていた。

その後、渕は完全に埋め立てられ、その分、校庭が拡げられた。校庭の山側には私のころにはなかった体育館が建てられたので、結果として、クスノキが校庭のまん中に「移動」したわけだ。

いまでこそ四万十川は「最後の清流」などと言われ有名になっているが、川の様相は日々変わっている。当時は、実崎の中筋川合流点で本流と支流を分ける堤防(背割堤)はいまほど伸びていなかった。いまでは砂利が堆積し、干潮時には小学校前にまで中洲の河原が見える。四万十川で一番川幅が広いこのあたりが貧相になってしまった。

八束小学校の生徒数もそれ以上に少なくなった。私の同級生は56人(昭和39年度卒)で2クラスあった。いまは全校でも46人。3,4年生は複式だ。

校庭のクスノキはじっと見ている。
四万十川と八束小学校の歴史の生き証人は、堂々と居座り続けてほしい。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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