汽水域

 私が四万十川をはじめて泳いで渡ったのは小学校二年生のときです。八束の実﨑は中筋川が本川に合流するところです。一年生までは、中筋川のほうで「水浴び」ていどでしたが、二年生になると上級生たちに刺激され、本川に挑戦したのです。本川は水が冷たく、流れが速いため、どんどん流されます。上級生たちに遅れないように必死で手をかきました。鍋島側にやっと着いたときの顔は真っ青。それから上級生たちが一人前に扱ってくれるようになりましたが、四万十川の川幅の広さを体で覚えた最初でした。

 そのあたりにはいまは橋がかかっています。この四万十川大橋から河口方面を眺めた雄大な景色はなかなかのものです。私は以前の仕事で全国を回ったさい、筑後川、淀川、利根川、信濃川、石狩川などの大きな川を見てきましたが、どの川も河口の景色は平凡です。ただ平野の中をそのまま海に注ぐだけです。

 これに対し四万十川の河口は大きな池です。テレビ塔がある葛篭山から続く尾根の稜線が河口をふさいでいるためです。深く刻まれていた谷が地盤沈下して入江となったためです。「溺れ谷」と言います。全国の主要河川の河口にこんなめずらしい地形はほかにありません。

 この地形が広い汽水域を生み出しているのです。汽水域とは淡水と海水が交わる範囲のこと。四万十川では河口から約九キロ、後川との合流点から赤鉄橋あたりまでです。汽水域の河床は起伏に富み、最深部は水深十メートルを超えることから、生物多様性の宝庫です。四万十川の魚種約二百種のうち半数以上がこの汽水域で確認されています。海の魚と川の魚の雑居地帯というだけでなく、ここにしか住めない魚類も多くいます。その代表がアカメです。大きいものは地元ではミノウオと言います。

 河口の大島や竹島川周辺にはコアマモやアマモの群落によってできた藻場(アマモ場)が広がっており、魚類の生息場所、シェルター(隠れ場)となっています。アユは通常海に出てから川に戻ってくるものですが、四万十川のアユはこのアマモ場で成長しているという調査結果があります。また、竹島川の干潟は干潟生物の最後の砦です。

  アオノリ漁とシラスウナギ漁は冬場の風物詩です。作詞家吉岡和昭さんは、寒い夜、シラスウナギを誘い寄せる無数の漁火を初﨑の「山みずき」から眺めた情景を演歌「四万十川の冬花火」に詩(うた)っています。

 四万十川は源流から河口沿岸域までを一つの生態系としてとらえることができる環境モデルと言われています。最近、流域では森林の荒廃や生活排水等に起因する水質や水量の変化がみられますが、河口域には流域全体の抱える問題が集約されているのです。

最近新たな問題も生じています。河口の砂州の消失です。河口には砂州が広がっていましたが、さまざまな環境変化からか、近年これが細くなり、大雨による洪水や海からの波浪により砂が押し流されることが多くなりました。砂州は自然の営みの中で都度復元していましたが、その復元力が弱まるなかで、昨年秋ふたたび消失。下田港に入る航路をふさいでしまいました。航路は浚渫されましたが、砂州は消えたままです。

 このため、海水が大量に川に流入しており、高い波が初﨑方面を直撃。河口は海の状態になっており、最近は井沢あたりでイワシが釣れています。アオノリは今年も不漁が続いています。

 汽水域は海水と淡水による適度な塩分濃度によってその生態系が保たれてきました。河口の砂州はそれを調節する自然の機能でした。いまその微妙なバランスが崩れてきていることが危惧されます。

 四万十川の価値、値打ちはいろいろなところにありますが、その一つが広大な汽水域の存在です。この貴重な汽水域を守るためにも、安定した砂州を復元することが大きな課題になっています。


 広報四万十 「市長談話室」 2010年3月

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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