南海地震

 新年早々、高知新聞が連載「昭和南海地震の記憶」をおこなっている。昭和21年12月、南海地震が発生してから今年で70年になる。南海地震は過去約100年に一度おこっているから、その準備にそなえなければならないという警告である。

昭和南海地震での死者は全国で1330人であったが、うち高知県が679人で最も多かった。さらに、高知県では、旧中村町が273人で最多であり、中村が全国で最も多くの犠牲者を出した。全員が建物倒壊による圧死または火災による焼死である。その生々しい証言が載っている。

ここで留意をしなくてはならないのは、津波による死者はゼロだったということである。中村の町は四万十川河口から上流約9キロ地点にあることから、大きな津波はここまでは達しなかった。河口にある旧下田町には、津波が迫り、港の船などが一部流されたが、死者が出るほどではなかった。

また、もう一つのポイントは、中村町に隣接する東山村、具同村、八束村などでも死者は出たものの合わせて18人と、中村町に比べると少なかったということ。(旧中村市エリアの死者はこれらを合わせて291人)

この理由は、ひとえに中村の町の地形的要因による。旧中村町の行政区域は、四万十川本流と支流の後川に囲まれた範囲、つまり川の土砂の堆積で形成されたデルタ上に乗っかった部分であり、地盤が極めて脆弱である。だから、被害が中村町に集中した。

私の父が生前よく言っていた。私の家がある旧八束村では家が傾くか屋根瓦が落ちる程度であった。だから翌朝、父は仕事の出勤(郵便局)で、自転車で中村の町に入ったとたん、その惨状に驚いた。川の内と外ではそれほどの差があったのだ。

5年前の東日本大震災での死者はほぼ全員が津波によるものであった。その映像が生々しいだけに、ここのところ地震と言えば津波を連想してしまう。

高知県ではいま、次に必ずやってくる南海地震対策(南海トラフ巨大地震)を進めているが、その対策も津波対策が先行している。四万十川河口付近に海岸部をもつ四万十市においてもそうである。5年前、私は市長だったので、津波避難路の確保や避難タワーの建設などを集中的におこなってきた。

しかし、四万十市において、最も恐ろしいのは中村市街地部分の建物倒壊である。過去の歴史が証明している。

津波対策のメドがついた今、これからは建物倒壊対策に重点をおかなければならない。

連載で、高知大学岡村眞教授が言っている。

「津波は来る前に逃げればいいが、建物が倒壊すれば逃げることもできなくなる。」

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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