奥宮健之 小松丑治 岡林寅松

 1月24日、市内の正福寺で幸徳秋水刑死105年墓前祭を行った。例年この日は寒い日になる。今年も前日からの雪で心配したが、祭事中はしばし晴れ間がのぞき、無事終えることができた。主催は私もメンバーの「幸徳秋水を顕彰する会」。今年は、大阪から「管野須賀子を顕彰し名誉回復を求める会」からたくさん参加をいただいた。

墓前祭に続いて、文化センター会議室で記念講演会「非戦の系譜―大逆事件 土佐の犠牲者たち」を開いた。

事件では26人が犠牲(死刑12人、無期懲役12人、有期刑2人)になった。うち高知県出身者が5人いた。中村生まれの幸徳秋水が死刑、室戸市生まれの坂本清馬が無期懲役であった。秋水は事件のリーダーに仕立てられた。また、清馬は事件最後の生き残りとして1961年、再審請求裁判をおこした。だから、2人の名前は、よく知られている。2人の墓は同じ正福寺に並んである。

しかし、残る高知市生まれの3人については、あまり知られていない。そこで、記念講演会では2人の講師に、この3人について話をしてもらった。

(1) 奥宮直樹さん(大阪、管野須賀子を顕彰し名誉回復を求める会)に「自由党闘士 奥宮健之」について。

 直樹さんは同じ奥宮姓でルーツが健之と同じ(高知市布師田)。健之は植木枝盛と同世代(生年も同じ)で、死刑になったのは53歳で、犠牲者の中で最高齢。自由民権運動、自由党の闘士であり、枝盛とは全国遊説をさかんにおこなった。秋水にとっては先輩格であった。名古屋事件で12年間入獄。自由民権から社会主義思想へ。最後には、片山潜らの普通選挙運動にも参加した。

(2) 上山慧さん(大谷大学大学院修士課程)に「神戸平民倶楽部 小松丑治 岡林寅松」について。

 無期懲役になった小松と岡林については、すでにこのブログで3回書いた(2014.7.20, 9.20, 11.17)。2人は小学校同級生であり、神戸でも同じ海民病院に勤務していた。秋水らが発行していた「平民新聞」を読むようになり、「神戸平民倶楽部」をつくって読書会(勉強会)を開いていた。ただ、それだけの活動であったが、事件のフレームアップにより連座させられた。秋水に会ったのは、小松が大阪での演説会で一度だけ。岡林は、会ったこともなかったのに。

講演会の翌日、上山さんを高知市内にある小松、岡林の墓に案内した。

墓前祭の前日(1月23日)には、高知市自由民権記念館で同館友の会および高知近代史研究会の共催により、ドキュメンタリー映画「100年の谺(こだま)」(2012年作品)の上映会もおこなった。

高知県出身の5人に共通するのは「自由民権の申し子」であったということ。いま安保法が成立し、日本は再び戦争ができる国になった。

だからこそ、100年前、彼らが唱えた非戦論や「自由・平等・博愛」について、改めて学ぶことが重要である。国家の暴走。100年前といま同じ状況にある。

なお、記念講演会の資料をご希望の方はご連絡をください。→ zen-tanaka@heart.ocn.ne.jp または私のFB(フェイスブック)にメッセージをください。
 
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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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