石巻市立大川小学校

 きょうは3月11日。東日本大震災から5年たった。

これまでも何度か書いたが、きょうだからこそ再度強調をしておきたいことがある。石巻市立大川小学校のことである。全校生徒の7割、84人(教職員含む)が犠牲になったことから、大震災のシンボルになっている。

いま、地元では、校舎等を津波の記録として遺すか、忌まわしい記憶を払拭するために解体するか、最終議論が行われている。

大川小学校では、津波が近づいているのに、子供たちを校庭に集めたままで、避難させるのが遅れた。すぐ裏に小高い山があるのに、日ごろから避難訓練もしていなかった。そうした学校側の対応のまずさが問題にされ、くりかえし報道をされてきた。

私は震災の4カ月後、岩手、宮城の被災地視察に出かけたさい、大川小学校の惨状もこの目で見てきた。だからわかる。こうした報道に欠けていることが。

それは、大川小学校は海岸付近ではなく、内陸部にあったということ。詳しくは、北上川の河口から上流4キロの地点にあった。

現地を知らないまま報道に接した人は、海岸付近にある学校のはずなのに、なぜそんなまずい対応をしたのか、とんでもないことだとあきれる。そんな人が多いだろう。

しかし、私は現地を見て、現地の人の話を聞いた。それによれば、これまで過去の地震では、あんな大きな津波が川をさかのぼってきたことはなかった。記録にもない。だから、防災マップでも避難区域に入っていなかった。学校側も避難訓練をしていなかった。

まさに、地域ぐるみで「想定外」だったのだ。だからといって、学校側に責任がないと言いたいのではない。しかし、そうした地域であったということを、知っておく必要がある。

というのは、四万十市にも同様の地域が多いからだ。四万十川を津波が遡ってくることを想定しておかなければならない。しかも、河口から上流4キロ、大川小学校と同じような位置に、私の地元、八束小学校と八束保育園がある。

北上川と四万十川。
川も海の一部である。
川は津波を呼び込む。

大川小学校の教訓を無駄にしてはならない。

 石巻市 大川小学校     DSCN5933.jpg




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田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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