上林暁と幸徳秋水(1)

 大逆事件最後の生き残りであった坂本清馬は、昭和五十年、中村の県立西南病院で亡くなった。今年は没後四十年にあたることから、一月二十四日、正福寺における恒例の幸徳秋水墓前祭は、はじめて清馬との合同祭となった。

 坂本清馬は一貫して無実を主張し、昭和三十六年、東京高裁に対して再審請求裁判をおこした。結果は棄却されたものの、この裁判があったからこそ、大逆事件が風化し闇に葬られてしまうことを防ぎ、事件の真相解明が進んだ。その結果、事件後百年を経たいまも事件犠牲者の名誉回復、顕彰運動等は全国に拡がり続けている。その意味において、坂本清馬が果たした歴史的役割はlきわめて大きかった。

 再審請求は昭和三十五年二月、事件後五十年を記念する諸行事の盛り上がりの中で提起された。清馬の上京に合わせて、参議院会館会議室において、「大逆事件再審請求実行委員会」が開かれた。集まったのは、森長英三郎、鈴木義男両弁護士をはじめ、荒畑寒村、岩佐作太郎、鈴木茂三郎、神近市子等かつての運動家、神崎清、糸屋寿雄、塩田庄兵衛等の研究者など約三十名であった。

 実行委員会では、今後の運動を再審請求と宣伝活動の二本立てにし、幅広く運動の輪を拡げていくために、会の名称を「大逆事件の真実をあきらかにする会」とし、機関誌「あきらかにする会ニュース」を発行することを決めた。

 「会」には会長はおかず、事務局長を実質的な代表者として運営。初代事務局長坂本昭(当時参議院議員、その後高知市長)、二代目大原慧(東京経済大学教授)、三代目が現在の山泉進(明治大学教授、中村出身)である。私は三年前、この会に入会した。

「ニュース」は現在五十四号を数えるが、私は最近、その創刊号(昭和三十五年四月)を初めて読んで驚いた。最初に集まった実行委員の中に上林暁の名前を見つけたからである。

 山泉進氏にその頃の記録、経過を調べてもらったところ、坂本昭氏は医師、政治家である以外にも「文の人」でもあったことから、地元高知県出身の作家たちとも親交があり、積極的に声をかけたという。実際、最初の集まりには、田岡典夫も出席している。

ほかに、出欠は不明であるが、「会」発足時の実行委員メンバー六十三名の中には、田宮虎彦、タカクラテルの名もある。(地元政治家では、森本靖、長谷川賀彦も)

 「ニュース」二号(昭和三十五年五月)によると、実行委員はさらに七十九名に増え、作家では尾崎士郎、佐多稲子、立野信之の名も加わっている。

 そんな中で、上林暁については、「ニュース」五号(昭和三十八年三月)の「事務局便り」にこんな記載もある。即ち、前年夏、参議院選挙が行なわれており、坂本昭氏は高知地方区で再選をめざしていた。そこで、事務局では坂本氏へのカンパを送ることにした。それに応じた十六人の中に作家でただ一人、上林がいた。さらに、激励文三例の一つに、上林「御善戦に期待します。御当選を祈る。」も。(坂本氏は落選)

 山泉氏によれば、「会」の運動を担ったのは弁護士、運動家等であり、作家たちは賛同者として名前を出しただけの者が多かった。上林もそうした作家の一人であったと思われ、その後「ニュース」にその名を見つけることはできなかった。しかしながら、上林の場合、最初の会合に自ら足を運んでいることに加え、坂本昭氏への支援行動をみると、他の作家たち以上の「想い」があったように思える。

 「上林暁全集」年譜によれば、上林は昭和二十七年一月、最初の脳溢血に倒れた。いったん回復し、同三十五年一月、宮中歌会始出席とあるが、翌二月の「会」参加については書かれていない。坂本昭氏へカンパを送った年(昭和三十七年)の十一月には、二度目の脳溢血に倒れたことから、自由に体が動かせる最後に「会」へのかかわりをもったことになる。

 上林は自らの日常生活や体験を淡々と描く私小説作家であった。政治や社会問題にもふれることはあるが、そういった問題には抑制的である。上林は「文藝は私の一の藝、二の藝、三の藝である」(中村高校前庭文学碑)と書いているように「文藝の人」である。

 私が上林に親近感をもつのは、第一に同郷人であること。私の祖父(父方)は大方町下田ノ口生まれで上林の父徳広伊太郎と小学校同級である。第二に作品の中身も地元を題材にしたものが多いということ。私も長い間地元を離れたいたので郷愁あふれる文章には共感を覚える。

 しかし、上林は「文藝の人」ゆえに、政治、社会問題などへ筆が及ぶのを避けていたように思え、もの足りなさを覚えてきたのも事実である。だから、今になって上林と「大逆事件の真実をあきらかにする会」のかかわりを知ったことで私は動揺しているが、しかし、これで上林とさらに接近したような喜びのようなものも感じる。上林にとって大逆事件は同郷人幸徳秋水と同義であろう。

 「政治と文学」というようなテーマは、上林には縁がないように思ってきたが、これを機に、上林の生き方、その結晶としての作品を振り返りながら、こうした視点から考えてみたい。


 大方文学学級発行「大形」287号(2015年7月)掲載
 5回連載

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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