熊本と安岡良亮

 いま地震からの復興に懸命の熊本。その熊本県の礎となった初代熊本県令(知事)安岡良亮は中村の生まれである。

安岡は幕末の戊辰戦争では、千葉流山で捕縛された新選組近藤勇を斬首に処した。また、幸徳秋水の母多治のいとこでもあったが、明治9年、熊本の不平士族神風連に襲撃され殉職した。

私は4月末、被災地熊本に出向いたさい、熊本城近くの花岡山にあるときいていた安岡の墓がどうなっているか探してみた。
 
墓は山の中腹の「県官墓地」の中にあった。神風連の乱や西南戦争で命を落とした官軍の兵士たちを葬った「陸軍埋葬地」と隣合わせていた。それらの中で最も大きなのが安岡の墓であった。しかし、案内板や記念碑を含む墓地全体が最近は訪れる人もないようで、草木で覆われ、荒れていた。さらに、今回の地震で多くの墓石が倒れ、安岡の墓の前の石柱もころがっていた。

 いま試練の熊本。安岡も心をいため、早い復興を祈り、見守っていることであろう。

 今はそれどころではないだろうが、復興の目途がついた先には、安岡墓周辺の再整備を進めてほしい。そして、多くの熊本の人に安岡良亮を知ってほしい。同郷人としてそう思った。

 高知新聞「声ひろば」投稿 2016.5.14

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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