幸徳秋水の孫

幸徳秋水が刑死してから105年。
5月11日、初めて孫が秋水の墓参をした。
新聞各紙でも大きく報道された。

墓参をしたのは、真野寿美子さん(埼玉県、大正14年生、90歳)と妹の犬竹比佐子さん(東京都、昭和16年生、74歳)で、秋水が最初に結婚していた西村ルイ(別名朝子)が生んだハヤ子の娘である。

秋水最初の妻西村ルイについては、昨年7月と12月、このブログで詳しく書き、さらに先月(4月)には、ルイの生地、福岡県黒木町を訪ねてきたことも5月6日、7日付ブログに書いている。

 私が真野寿美子さんに会うのは2度目である。今年1月31日、埼玉県の寿美子さんのお宅を訪ねている。

1月30日、大逆事件犠牲者追悼集会が東京(渋谷区正春寺)であり、私は初めて参加したことは、これもブログに書いた。集会では横田みつゑさんにお会いした。横田さんは、西村ルイが秋水に離縁されたあと再婚した横田与八との間に生まれた長男の息子の嫁で、昭和57年、朝日新聞報道で秋水に子供がいることを世に知らしめた人である。

みつゑさんに会うのも初めてであったが、以前から電話でいろいろ聞き取りをして交流があったので、あらかじめ、集会の翌日、寿美子さんに会わせてほしいとお願いをしていた。

寿美子さんは、お若いころはさぞかし美人であったろう。小柄で気品があり、物静か。かすれた小声で、「祖母(ルイ)からも母(ハヤ子)からも、秋水のことはほとんど聞かされていないんですよ」。

秋水の話は家族の間でもタブーであり、断片的な話しか残っていない。しかし、これまで知らなかったルイやハヤ子のことをいろいろと聞かせてもらった。古い写真も見せてもらった。そこには、秋水に理不尽な形で離縁されたルイやハヤ子のその後の生活の様子が写っていた。

私は辞する時、「一度おじいさまのお墓参りに来られませんか」とお誘をした。しかし、寿美子さんは90歳という高齢のうえ、病気のあとで体力も十分でない様子から、とても中村までの長旅は無理であろうと思ったし、寿美子さんからも特段の反応はなかった。

その後も電話でのやりとりは何度かあったが、4月中旬になって、寿美子さんのご主人からの手紙が届いた。そこには、体が動くうちに長年気になっていたことを果たしたいという寿美子さんの気持ちが書かれていた。

寿美子さんご夫婦は、妹の比佐子さんご夫婦を誘い、10日、4人で見えられた。私は高知空港に迎えに行った。寿美子さんは、車いすに乗ってゲートから出てこられた。

同じ飛行機で、東京在住の幸徳正夫さん、大逆事件の真実をあきらかにする会の大岩川ふたばさんも見えられた。

前日の雨もあがった11日の午前9時。宿泊ホテルのすぐ裏手にある正福寺墓地に向かった。幸徳秋水を顕彰する会のメンバーたちも後に続いた。段差のある狭いところは、車イスをかつぎあげて。

幸徳家は神道である。筒に榊を差し、花を手向けた。寿美子さんは車イスから立ちあがり、墓の周りにお米を3回撒き、水をかけた。そしてじっと手を合わせた。

比佐子さんが、秋水に会わせたかったと持ってきたルイおばあちゃんの写真を墓前に置いた。幸徳正夫さんは、その場で、幸徳家を代表して、120年前の秋水の非礼を詫びた。
  
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墓の中で秋水はどんな気持ちだったろうか。懐かしさと、恥入った気持ちで照れ笑いをしたのでなないか。

その日のうちに、為松公園にある絶筆碑(記念碑)、郷土資料館(お城)、秋水生家跡、資料室(図書館)、一條神社なども案内した。

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12日は、午前中、四万十川にかかる佐田沈下橋を見てもらったあと、空港までお送りした。

寿美子さんの旅の疲れを心配していたところ、翌日、比佐子さんから電話をいただいた。寿美子さんは、心の中がすっきりしたと熟睡をされ、翌日も普段通りであるとのこと。胸をなでおろした。

寿美子さんは、新聞記者からの質問に対して口数はすくなかったが、「来て本当によかった」としみじみと繰り返していた。祖母(ルイ)も母(ハヤ子)も来れなかった、祖父の墓参。兄弟姉妹6人の中でも、弟4人はすでに亡く、一番上の姉として、みんなを代表して墓参を果たした安堵感なのであろう。寿美子さんにとっては決死の覚悟の旅であったのだ。

恩讐を超えた墓参。
4人には心からお礼を申し上げたい。
これで幸徳秋水の歴史に一つの区切りがついた。

そんな場面に立ち会うことができ私も光栄であり、満足であった。

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私もその場にいましたので良く覚えています。有志達が見守る中、墓前の二人の目には光るものがあり、手には祖母ルイの写真がしっかりと抱きしめられていました。有志たちも感動のあまりこみあげてくるものがありました。

「幾年の 歳月流れ 初墓参 恩讐越えて みな目に泪」
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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