2人の墓標(小松丑治、岡林寅松)

 大逆事件の犠牲者、小松丑治と岡林寅松のことは、すでに2回書いた(2014.7.20、2016.1.27)。この2人の墓標をこのほど建てた。

2人は高知市生まれで同じ小学校の同級生であった。ともに神戸に出て、神戸平民倶楽部を結成して活動する中で、大逆事件に連座させられた。

死刑判決を受けたが、翌日無期懲役に減刑され、20年間入獄したあと、仮釈放された。以後も差別と偏見の中で不遇の生活を送り、小松は昭和20年、岡林は昭和23年、没した。

2人の墓は高知市内のそれぞれ別のところにある。2年前、私ははじめて訪ねた。昭和39年ごろ、国民救援会が木製の墓標を建てた写真がある。しかし、いまは、その墓標はすでに朽ち果てているため、墓を見つけるのに苦労した。

高知県出身の大逆事件犠牲者は5人いる。中村の正福寺にある幸徳秋水墓には案内板や解説版も立てており、毎年墓前祭も行っている。坂本清馬(無期懲役)の墓も同じ場所にある。

残る3人のうち奥宮健之(死刑、高知市出身)の墓は都立東京染井霊園の中にあり、墓地入口に案内板がある。

しかし、小松と岡林の墓は、いまは何の案内板もない。これでは無念の死を遂げた2人に申し訳ないと思った。

そこで、幸徳秋水を顕彰する会の友好団体である高知市の自由民権友の会に相談を持ち掛けたところ、賛同をもらい、両団体共同で墓標を建てることになった。

岡林墓(高知市新屋敷)の墓守をされている徳弘達男さん(寅松妹の孫)も喜んで応じてくださった。小松墓(高知市筆山)は現在管理をしている縁者がいない状態なので、遠縁の方に事前に報告をさせてもらった。

小松墓は、林の中に隠れてわかりづらいことから、林入口にも誘導板立てた。

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設置作業は自由民権友の会のメンバーが6月3日に行ってくれたが、私はあいにく参加できなかった。そこで、6月17日、高知市にでかけたさい、墓参に行ってきた。墓標は予想以上に頑丈で目立つものだった。アルミなので、錆びないようにできている。

小松墓は中江兆民先祖墓に近く、また岡林墓は植木枝盛墓に近い。そのため、自由民権友の会では、兆民忌(12月13日)、無天忌(枝盛忌、1月23日)の恒例の墓参にあわせて、2年前から小松、岡林墓の墓参も一緒におこなってくれている。私も参加している。

墓標ができたことにより、これで初めての人も訪ねやすくなった。

私は5月29日総会で、幸徳秋水を顕彰する会の事務局長になった。これからは、幸徳秋水だけなく、この2人のことももっと知ってもらうよう、さらに努力していきたい。

なお、幸徳秋水墓と同じ場所(正福寺)にある坂本清馬墓にも、年内に経歴等を記した解説版を建てることにしている。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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