中村が輝いたセンバツの日

 高知新聞「声ひろば」投稿
 2008.3.29


 第八十回記念センバツ高校野球のテレビ中継で過去のなつかしい映像が流れていた。昭和五十二年、中村高校の「二十四の瞳」である。 

当時、幡多の高校が甲子園に出ることなど夢のまた夢であり、にわかに信じられなかった。しかし、選手はまぎれもなくみな地元の子で、しかも私の妹の同級生たちであった。

その子たちが恥ずかしい負け方だけはしないでほしいとの心配をよそに快進撃。センバツ一千試合目となった準々決勝では優勝候補の天理高校を破り、準優勝をした。

山沖投手が投げる剛球は田頭主将を軸にした十二人の固いチームワークが生みだしたもの。無欲な人のつながりや絆こそが大きな力となることを教え、野球を超えたさわやかな感動を全国に与えてくれた。

優勝した箕島高校の尾藤監督も「私も中村高校で野球がしたい」と話していた。

当時、私は就職直後の赴任地、九州・大分にいた。見ず知らずの土地で淋しい思いをしていたころで、このチームの活躍にどれだけ勇気づけられたことか。知る人も少なかった自分の出身地が一躍有名になり、しばらくはいちいち説明しなくとも「あの高校野球の・・・」と言われた。いまでも時々話題にあがる。

あれ以降、ふるさとを意識するようになり、ふるさとへの誇りが生まれ、その想いをいまも大切に育てているつもりである。

あの時は地元も心が一つになって応援をした。あれから三十一年。いま中村市がなくなっただけに、「中村」の名を歴史に刻んだ偉業として「二十四の瞳」をあらためてたたえ、お礼を言いたい。

そしてできることならば「中村」の名に興奮をする日がまた訪れることを願っている。


拙著「わがふるさと中村」所収

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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