中脇初枝 市民大学

 8月31日、四万十市民大学で地元出身作家中脇初枝の講演会があった。演題は、「『世界の果てのこどもたち』が生まれるまで~幡多から旧満州に渡った人たち~」。会場の西土佐ふれあいホールは、約150人でいっぱいになった。
 
 中脇は2年前にも市民大学で幡多の昔話について講演をしており、そのことは2014.9.2に書いた。また、小説「世界の果てのこどもたち」(講談社)が去年出版されたさいも2015.6.26書いた。その後、この本は、昨年度本屋大賞3位になった。

ここでは、本人が講演で語った、この小説を書いた「思い」について紹介をしたい。

1. 自分がこどものころ住んでいた市内具同の近所に、在日朝鮮人のおばさんがいて、自分(私)のことを、いつも「べっぴんさん」と呼んでくれた。この人は字が書けず、その後不幸な死に方をした。その頃、なんで朝鮮の人がここにいるのか不思議に思った。いつか、この人のことを書きたいと思っていた。また、黄砂が中国から飛んでくるのも不思議に思っていた。

2. 幡多の昔話を採取している中で、幡多からも満州に開拓団で行った人が多いことを知った。しかも、同じ四万十川の上流の北幡地方からと聞いて驚いた。

3. 中国残留孤児(元開拓団)、在日朝鮮人(開拓団近くに住む)、横浜生まれ日本人(開拓団を訪問)、という3人の女の子を主人公にしたのは、戦争というものを、同じ「重み」と同じ「深さ」で描きたかった、から。3国の対比年表づくりに苦労した。

4. 食べ物の話が多い。3人の女の子が1つのおむすびを分け合ったところがある。食べ物は平和の象徴。やなせたかし=アンパンマンもそう言っている。おむすびという言葉は、中国、朝鮮にもある。3国は共通文化。

5. 横浜空襲の話を入れたのは、その悲惨さを知ってもらいたかったから。東京よりも狭い範囲に集中して爆弾が落とされた。電柱も残らなかった。戦後、市民が記録6巻にまとめている。一方で、日本も中国を爆撃している。重慶など各地を。

6. 藤原てい(気象台職員妻)、宮尾登美子(開拓団教員妻)など、満州引き揚げ者の記録はたくさんあるが、そうしたものは、もともと書ける人(学問した人)が書いたもの。書けない人(在日の人など)、一番つらい思いをした人の声を書かないと、その人が死んでしまえばすべてなくなる。そんな人たちが生きていたことを伝えたい。

7. いま体験を語れる人は、当時こどもだった。こどもはみんな大人になる。こどもの記憶が大人を支える。自分も「べっぴんさん」と言われた幸せな記憶が支えてくれている。

8. タイトルの「世界の果て」とは、つらい人、見放された人のこと。シリア難民、南スーダン難民(こまい靴に、こまい足)など。「世界の果て」がなくなることを願っている。


 講演の最後は、幡多の昔話を紹介してくれた。幡多は昔話の宝庫であり、今年「ちゃあちゃんのむかしばなし」(福音館書店)を出版した。

中脇の小説の主人公はすべてこども。その根源には昔話がある。

こどもの記憶が大人をつくる。名もなき人たちの言葉や、人が生きていくにあたっての大切なこと、教訓などは、昔話という形で、こどもの記憶を通して、のちのちに伝えられる。

中脇は、今回、満州引き揚げ者、残留孤児、在日朝鮮人、元中国軍兵士、元日本軍兵士、横浜空襲体験者などへの聞き取りを多くおこなっているが、それらは、昔話の採取と同じだったのだろう。

過去を知ることは、未来をつくるため。
昔話は過去の話ではない。

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田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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