花森安治『一戔五厘の旗』

 NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」が9月いっぱいで終わった。雑誌「暮らしの手帖」をつくった大橋鎭子と花森安治の物語であり、なかなか充実した内容であった。私も久しぶり朝ドラをずっと見た。

「暮らしの手帖」は、広告を載せないことで有名なことから、このことについて先に書いたが(8月31日、9月1日)、どうしてもまたを書きたくなった。

花森(ドラマでは花山)が死ぬ、放送最終盤の盛り上がりがすごかったからだ。編集長花森の鬼気迫る姿が描かれていた。

「暮らしの手帖」は、ひとびとの暮らしがもっと豊かなものになるために役立にたちたい、との目的でつくられた雑誌だ。

ドラマの最後、花森はこう言っている。

 ひとりひとりが自分の暮らしを大切にしていたら
 守らねばならない幸せな家族との豊かな暮らしがあったなら
 あの戦争はおきなかったのではないだろうか

雑誌の根っ子に流れていたもの。
暮らしをめちゃくちゃにするような戦争は二度としてはならない。

「戦争体験特集号」では、読者にこう訴えた。
 
 その戦争は昭和16年に始まり、昭和20年に終わりました。
 それは言語に絶する暮らしでした。
 その言語に絶する明け暮れの中で、人たちはやっとギリギリ生きてきました。
 親兄弟、夫や子、大事な人を失い、そして青春を失いそれでも生きてきました。
 そして昭和20年8月15日、戦争は済みました。
 まるでウソみたいで、バカみたいでした。
 それから28年がたって、あの苦しかった思い出は、一片の灰のように人たちの心の底深くに沈んでしまって、どこにも残っていま せん。
 いつでも戦争の記録というものはそういうものなのです。
 あのいまわしくてむなしかった戦争のころの暮らしの記録を、私たちは残したいのです。
 あの頃生まれていなかった人たちに戦争を知ってもたらいたくて、貧しい一冊を残したいのです。
 もう二度と戦争をしない世の中にしていくために、
 もう二度とだまされないように、
 どんな短い文章でもかまいません。
 ペンをとり、私たちのもとにお届けください。

そして、遺言として「あとがき」に、こう書いた。
 
 ・・・この雑誌で掲げてきたのは庶民の旗です。
 私たちの暮らしを大事にするひとつひとつは、力が弱いかもしれないボロ布、端切れをつなぎあわせた暮らしの旗です。
 世界で初めての暮らしの旗。
 それは、どんな大きな力にも負けません。
 戦争にだって負けやしません。・・・

放送が終わってから、私は花森が書いた『一戔五厘の旗』を読んだ。「暮らしの手帖」に書いた文章をまとめた本だ。

一戔(銭)五厘とは戦争に召集された当時の葉書のねだん。花森も一銭五厘で戦争にとられた。

一銭五厘の庶民がかかげた旗が「暮らしの手帖」なのだ。

花森は単なるモノ書きではない。編集者だ。
編集者はモノも書くが、雑誌や本をつくるのが本職だ。

花山は病院のベットで言う。

 私は死ぬ瞬間まで編集者でありたい。
 その瞬間まで取材し写真を撮り原稿を書き、
 校正のペンで指を赤く汚している
 現役の編集者でありたい。

花森にとって、「暮らしの手帖」づくりは、さぞかしやりがいのある仕事だったろうと、うらやましく思った。

それにしても、いまのNHKでよくぞこんなドラマがつくれたものだ。

 もう二度とだまされないように・・・

NHK現場スタッフ意地だろう。
拍手を送りたい。

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田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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