丹後、但馬、因幡(2)

 但馬の中心地豊岡市は、2005年、周辺5町と合併し膨張していた。

駅近くのホテルを出て、朝一番で出石藩城下町、旧出石町へ向かった。円山川を30分ほど遡る。山の中を予想していたら、川に沿った山裾であった。

出石城下に建つ、明治4年建造の辰鼓楼(時計台)が町のシンボル。こじんまりとした碁盤の目の街並みが、城下町の雰囲気をかもしだしていた。

 201611071008458cf.jpg     20161107165427957.jpg
    
出石といえば皿そば。通りは蕎麦屋の看板がずらり並んでいた。そばも食べたいが、私の興味は皿のほう。出石焼といわれる白色磁器の焼き物。窯元4軒をさっと回り、皿とぐい吞みを買った。

そばは5枚の皿にのせて出てきた。薬味を変えて食べるのが通とか。麺は細めで、歯ごたえがいい。11月には、新そばげ出るという。ちょっと早かった。

 2016110710084573c.jpg     201611071008499da.jpg

最近復元した芝居小屋永楽館にも入った。近く片岡愛之助の公演あるというので、いたるところ幟(のぼり)が立っていた。

  20161107100846f10.jpg 

出石は「但馬の小京都」といわれる、知る人ぞ知る名所。なのに、なんで豊岡市と合併して、町としての自立を諦めてしまったのだろう。

窯元4軒にそのことを聞いてみたら、2軒は「合併していいことはなにもなかった」、「成り行きでこうなったのでしょう」と諦めの言葉、あと2軒は、あまり触れられたくないのか、どうでもいいのか、反応があいまいだった。

合併の是非を問う住民投票もなかったという。時流に流されてしまったのだろう。リーダーの責任。中村市もそうだったので、ひとのことは言えない。

地名は文化である。中央集権の圧力によって、伝統文化が次々に消されていくのは耐えられない。

旧役場は豊岡市役所出石庁舎となり、ちらり覗いてみたが、人も少なく閑散としていた。兵どもが夢のあと。

 20161107100843a54.jpg

豊岡中心部に引き返し、コウノトリの郷公園に向かった。

私にとって、豊岡のイメージはコウノトリだ。というのも、四万十川支流中筋川流域でも、豊岡をモデルに、ツルに越冬してもらおうと、「ツルの里づくり」に取り組んでおり、交流があるからだ。

飛び込みだが、高橋副館長にあいさつをさせてもらった。現在、ここには、屋外91羽、飼育95羽、計186羽がいるという。

 20161107101101d1f.jpg     201611071011067fc.jpg

屋外の鳥は、日本中、遠くは韓国まで遠征する。先月、その1羽が四万十市にも現れていた。足にはめたリングの色で識別できるという。その情報も掲示されていた。

柵に囲まれた飼育場だけでなく、まわりの田んぼ、さらに空を舞うコウノトリをたくさん見ることができた。

コウノトリを増やすのは、単なる観賞用のためではない。ツルと人間の共生。
コウノトリが生きていけないところでは、人間も生きていけない。コウノトリは、地域を守るシンボルである。

 201611071011114b8.jpg     20161107131021e52.jpg

円山川沿いには、広い水田が広がっている。農薬の使用を抑え、日本伝来の農法でつくるコメは、「コウノトリの郷米」としてブランド米になっている。

志賀直哉の小説で有名な城崎温泉(旧城崎町)にも行きたかった。また、豊岡名産のカバン、バック類も見たかった。

しかし、時間がないのであきらめ、鳥取(因幡)方面へ向かった。

(続く)

コメントの投稿

非公開コメント

No title

楽しく読まさせていただきました。一つだけ確認したい箇所があります。城崎温泉は井伏鱒二ではなく志賀直哉ではなかったでしょうか?

お礼

ご指摘ありがとうございました。その通りです。訂正しました。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR