南海地震記念碑の教え

  南海地震から70年     

      南海地震記念碑 に刻まれた言葉
        四万十市 中村城三の丸跡

昭和二十一年十二月二十一日午前四時十五分突然起つ

た南海大地震は史上稀なものでわが中村町は一瞬にし

て全壊一千百余半壊六百余全焼六十六戸實に全町の八

割を失い加うるに二百七十八の生命を奪い千数百の重

軽症者を出してさながらこの世の地獄を現出した

震源地は潮の岬西南五十粁の海底であるにかかわらず

中村町の被害が特に大きかつたのは地盤が軟弱である

事が重大な原因であると学者は指摘している

太平洋戦禍につぐ震禍で中村町の復興は至難であると

思われたが不屈の町民性と燃ゆるが如き郷土愛はその

後四ヶ年にしてほとんど復興を完成したその間各方面

から寄せられた特別の同情援助に對しては永遠に感謝

を忘れてはならない

安政大地震すぎて九十二年今又次の震災に遭うて後人

に遺す言葉は


「 災害は忘れかけた頃やつてくる 」


      一九五〇年一二月二一日


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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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