安積開拓と秋水妻(1)

 1月28日、大逆事件処刑107回追悼集会が東京渋谷区正春寺で開かれ、昨年に続き参加した。約100人。管野須賀子墓前で読経、手を合わせたあと、各団体、個人から活動報告が行われた。私からも、1月24日秋水墓前祭のもようなどを報告した。鎌田慧、田中伸尚、早野透、鍋島高明各氏らも参加していた。

 翌29日、福島県郡山市へ向かった。秋水は明治29年ごろ、安積開墾地(現郡山市)にいた旧久留米藩士西村正綱の娘ルイと最初の結婚をした。このことは、このブログでも何度も書いてきた。この旅の目的は、ルイの足跡をさがすためである。

東北新幹線で約1時間半。郡山は5年前、隣町の三春に伊藤寛前町長を訪ねたさい一泊したことがあるが、ゆっくり歩くのははじめて。駅から出ると、さすがに寒い。ブルブル。まず、開成山神宮へ向かった。タクシーで20分ほど。道端には前の週に降った雪の塊が残っている。神宮は、安積開墾事業のシンボル、精神的拠り所として明治9年、伊勢神宮から分祀してつくられた。

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開墾事業は、当初福島県主導で着手されたが、明治11年からは、大久保利通らの提唱で、士族授産のための大規模国営事業に拡大されてから、最初に入植したのが旧久留米藩士156戸であり、参加9藩の中で最大規模であった。

神宮脇には、最初の指導者中條政恒(福島県典事、作家宮本百合子祖父)、阿部茂兵衛(開成社社長)の顕彰像が立っていた。周りは広い運動公園になっている。

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すぐ近くの開成館(開拓資料館)へ。庭には「安積開拓発祥の地」の標柱が建てられ、粗末な当時の開拓民住居も復元されていた。館に入ると、生活用具、古文書、地図、写真、各藩の紹介パネルなどが展示。

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「開拓と文学」コーナーでは、宮本(中條)百合子、久米正雄らが紹介されていた。百合子は少女時代、学校の夏休みなどに、祖父政恒夫婦がいる開拓地に、東京からたびたび遊びに行っている。その体験にもとづき17歳の時(大正5年)書いたのが、処女作「貧しき人々の群」である。

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館を出て、15分ほど歩き、安積歴史博物館まで足を延ばした。明治22年、県下最初の福島県尋常中学校(旧制中学)として建てられた洋風建物で、国の重要文化財になっているだけあって、風雪を経た風格がある。同中学は現在安積高校になっており、裏には現校舎がある。

冬季は土日しか開館していないというので、その日が日曜であったことは、ラッキー。展示は安積開拓関係のものもあったが、メインは福島県教育史。古い教科書や卒業生の記録など。卒業生に3人の芥川賞作家がいるとは知らなかった(中山義秀、東野辺薫、玄侑宗久)。

また、安積高校は2001年、センバツ高校野球21世紀枠がはじめて設けられた年、その推薦枠で甲子園出場したことを知った。同じ枠で今年は、わが地元中村高校が出場する。安積にさらに親近感が増した。

板張りの長い廊下と教室は、映画に出てくる明治時代の学校そのまま。時代をタイムスリップできる建物そのものが最高の展示物である。2階講堂は、たびたび映画・テレビのロケにも使われているという。最近もテレビ「坊ちゃん」(二宮和也)に。

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日も暮れてきた。

ちょうど近くに、ドッグカフェ 「 One豆Cafe 」さん があることがわかったので、トコトコ歩いて、あったかいコーヒーをいただいた。

この愛犬同伴喫茶は、四万十市具同の 「 WanLife 」さん (福島県本宮市出身。わが息子伝次郎がいつもお世話になっており、この旅の間も泊めていただいている)のお友達ということで、名前を聞いていた。

やはり、わが中村と安積はつながっている。(続く)

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田中全(ぜん)

Author:田中全(ぜん)
四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃんです。

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