川とともに歩んできた歴史

 志国高知幕末維新博が3月4日から始まった。本市の幡多郷土資料館もサテライト会場になっているが、資料館はいま耐震リニューアル工事中のため、中央公民館に所蔵品の一部を移して、「しまんと特別区画展」をおこなっている。(期間2019年1月まで、入場料200円)

県全体の企画は、今年が大政奉還から、来年が明治維新から、それぞれ150年にあたるということで、幕末維新にかけて生んだ多くの人物を中心に高知県を観光面で広くPRしようというものである。だから、主な対象期間は幕末維新期に絞られている。

しかし、本市では、もっと幅を広げて、「川とともに歩んできた歴史」を切り口に、独自テーマを「四万十川と土佐一條家からはじまる小京都物語」としている。

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特別企画展は、「通史展示」と「維新展示」に分けている。

「通史」は、原始以前から近現代までを6期に分け、まず第1期は、四万十川沿いから出土した弥生土器を中心に展示。

「維新」は、江戸後期から明治にかけての地元ゆかりの人物14人を紹介。分野は、いわゆる「志士」にこだわらず、多彩である。私なりに分類すると、

学者・・・遠近鶴鳴、木戸明
志士・・・間崎滄浪、樋口真吉、安岡良亮、川谷銀太郎
民権・・・島村重助、藤倉忠吉、幸徳秋水
医師、福祉・・・弘田玄冲、佐竹音次郎
絵師・・・島村小彎
軍人・・・吉松茂太郎
庶民・・・中平泰作(泰作さん)

パネルでの経歴紹介中心だが、現物としては、以下が展示されている。

① 幸徳秋水が描いた不破八幡宮奉納絵馬
② 同 木戸明あて葉書
③ 安岡良亮の熊本神風連の乱での死を伝える野並魯吉書簡
④ 樋口真吉所持長刀
⑤ 島村小彎落款、

中村は町人中心のまちである。武家は少なかった。遠近、木戸は町人出の学者だ。だから、幕末勤王運動においても高知のような過激派はいなかった。パネルで樋口真吉は「幕末を静観した幡多の重鎮」と正確に書かれている。

展示品はスペースの関係で決して多くはない。しかし、生年順にいえば、泰作さんから幸徳秋水まで、町人文化が生んだ中村特有の人物が選ばれており、なるほどと思う。各人が生きた期間がオリジナル年表(地元、日本)の中にも組み込まれており、彼らの立ち位置がわかりやすい。

県下統一企画に相乗りしつつも、高知とは違う中村独自の視点でまとめている。入口に掲示されている以下の解説も的確だ。ぜひ多くの方に見てほしい。

 「 幡多は一條氏下向以降京都の文化が流入し、町人の間に学芸や教養が培われてきた。それを背景に幕末には中村地域の豪商の家から遠近鶴鳴や木戸明といった学者が誕生した。彼らが開いた私塾には地域の郷士たちが集い、その教えは樋口真吉や安岡良亮など幡多の維新志士達に強い影響を与えた。幡多の志士に戦いで命を失った者が少ないのは、幡多地域で先導的な役割を担っていた樋口真吉らが知識や見分に基づいて時勢を読み、いたずらに動乱に飛び込んでいくことに慎重であったためと考えられる。
 明治になると町が生んだ学者達の思想は、商家に生まれたジャーナリスト、幸徳秋水へと引き継がれ、当時世界でも先進的な帝国主義批判へと繋がっていく。 」

なお、「幕末期を駆け抜け、初代熊本県知事に」の安岡良亮について、最近私は少し詳しく調べており、このブログ2017.2.14~19に紹介している。

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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