四万十中村

 このほど四万十市主催の観光ボランティア養成講座(4回)が開かれ参加した。

第3、4講座の講師はトレイルブックス代表の仲間浩一氏(自称・風景通訳家、福岡県)であった。観光ガイドの役割、使命、方法などについて、自らの豊富な経験に基づき、スライドを使いながら話をされた。中身の濃い内容で、学ぶところが多かった。

仲間氏は、高知県西部、特に四万十川流域にはこれまでも何度も足を運んでおられるようで、地元の者しか知らないようなこともよく知っていた。また、灯台下暗し、地元の人間が気づかないことを、外からの目で的確に指摘されていた。

その一つが「四万十中村」である。
この表現(キャッチフレーズ)をポスターデザイン案にも載せていた。

これはどういう意味だろう???
私は少し考え、ハッと気づいた。
そして、なるほどと思った。

私は中村に誇りをもっている。

だから、中村市が四万十市に名前を変えたのは、残念至極である。
40年ぶりに甲子園に出場する中村高校は、前回は中村市の中村高校であったが、今回は、四万十市の中村高校となった。

四万十市になっても中村の町は中村であることには変わりはない。駅や郵便局、小中学校と同じように、中村高校も中村のままだ。中村という地名(言葉)は地元に根を張っている。

しかし、外から見れば、中村よりも四万十のほうが、圧倒的に知名度が高いことは認めざるをえない。多くの観光客は、中村のことを四万十と呼ぶ。これがくやしい。

だから、私はそんな人たちと話す時には、意識的に(やや意地になって)「中村」を連発するようにしている。

というのも、行政でいえば、四万十市に隣接して四万十町もできた。(四万十高校もある)どちらも四万十だ。また、高知県中西部の四万十川流域全体も四万十だ。愛媛県だって、観光呼び込みで広見川流域(四万十川支流)を「勝手」に四万十と呼んでいる。

一口に四万十と言っても、具体的にはどこを指すのか、漠然としているのが実態なのだ。そもそも、四万十川はあっても、四万十と言う地名はどこにもないのだから。

いまの中村を正確に言えば、四万十市中村である。
しかし、これでは、堅くて窮屈だ。いかにもお役所的。

残念だが、中村だけでは、いまいち全国に通用しない。
かといって四万十では、朦朧としている。

以前は、よく土佐中村と言われていた。
しかし、歴史を遡れば、土佐と幡多は別だ。
幡多中村が正しい。
しかし、これではますます全国に通用しない。

そこで、四万十中村だ。

四万十中村があるのなら、
四万十下田、四万十江川崎だってある。
それでいい。

眼から鱗とは、このことだろう。


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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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