点検 四万十市政(1)

私が四万十市長を退任し、中平正宏現市長にバトンタッチしてから4年を迎える。4月23日には、次の市長選挙がおこなわれる。

私は再出馬することを視野に入れ、現市政のこの4年間を外からじっくりとみてきた。私は、今回は出馬を最終的に断念したが、私の4年間に着手していた事業や政策が、次のこの4年間でどう引き継がれたのか、引き継がれなかったのか、またこの4年間ではどのような新しい施策等が始められたのかを点検することによって、現市政の評価を行ってみたい。そのうえで、ふるさと四万十市を守り、発展をさせるための提言を、次の市長に対しておこないたい。

点検は、私が市長時代に取り組んだ政策の6本柱に従って行いたい。

1. 災害に強いまちづくり ― 地域防災
2. 住みよいまちづくり ― 環境・基盤整備
3. 活力あるまちづくり ― 雇用・産業振興
4. 健康長寿のまちづくり ― 保健・医療・福祉
5. 絆を結ぶまちづくり ― 対話と協調
6. 誇りをもったまちづくり ― 歴史・文化・教育

・・・・・・・・・・・・・・

最初に、
1.災害に強いまちづくり ― 地域防災  から

〇 地震津波対策

 私が市長2年目、2011年3月に東日本大震災が発生した。約100年に一度必ずおこる南海地震対策については、それまでも取り組んでおり、前市長時代には下田に津波避難タワーができていた。

私は震災直後に東北被災地を視察しその惨状をみて、本市の対策を根本から見直し強化、加速化しなければならないと思った。総務課内にあった防災係を、体制強化して地震防災課として独立させ、1.津波から市民の命を守る対策、2.建物の倒壊から市民の命を守る対策、3.地震災害に強い組織をつくる対策、を柱とする「地域防災計画」を策定した。

津波対策については、「揺れたら逃げる」を最優先に、高台への避難道の整備、避難タワーの増設(下田、初崎)、防災拠点整備などに取り組んだ。

現市政も、この「防災計画」を継承して取り組んでいる。この結果、避難道整備は基本的に完了し、八束保育園の移転を含む八束地区防災拠点施設整備(1年遅れているが)のみを残すところまできている。また、建物倒壊対策も耐震補助が拡充され、自主防災組織も着実にふえている。

〇 西土佐総合支所と消防分署の移転建て替え

 私が市長就任時は市役所本庁舎の建て替え工事が行われており、ほどなく完成した。しかし、同年代に建てられ耐震上同じ問題があるにもかかわらず、西土佐総合支所(旧西土佐村役場)については、建て替え計画はなかった。

また、国道に面してあった消防分署は、四万十川出水のさい、たびたび浸水し、問題になっていた。

さらに、四万十市合併のさいの村長公約になっていた道の駅構想も、場所が決まらず暗礁に乗り上げていた。

そこで、支所庁舎の裏山を一部削りとって庁舎を後方に移動させ、その跡地に消防分署を上げ(移転)、さらにその消防跡地に隣接する民有地(西土佐商工会館、個人住宅)を買収して加え、道の駅をつくるという、3点セットの計画をつくり、2012年度から事業着手した。

この事業は、現市政によってそのまま引き継がれ、支所庁舎、消防分署は2014年度に、道の駅は2015年度中に完了した。


2、住みよいまちづくり ― 環境・基盤整備

〇 デマンド交通

1. 過疎地域の高齢者等の交通弱者対策として始めた。従来の定時運行路線
バスを予約制ボックスカーとタクシーに切り替え、「ふれ愛号」と名付け、運行は西南交通、西土佐バス、タクシー組合に委託した。富山、蕨岡、後川、西土佐等の山間部の路線を切り替えた。八束地区については、路線バスが走らない道を、新たに走らせている。

スタート当初は、議会の一部から「コストがかかりすぎる」という批判もでたが、
実際のコストはそれまで路線バス会社へ補助していた額と変わらない。

過疎地の足を確保することは、周辺地域を守ることであり、私の公約「里も栄えて街も栄える」にもとづくものである。

「ふれ愛号」はスタート当初から地域を守る足として好評であったことから、現市政でも継承されている。最近は、議会からの批判はないようであり、逆に便数をふやすなど拡充すべきとの声が強い。

(続く)

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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