秋水桜

 遅かった今年もやっぱり咲いてくれました。中村の正福寺にある幸徳秋水墓の上には、隣接する裁判所庭から塀越しに桜の大木が枝を伸ばしています。
 明治44年4月(旧暦)、秋水処刑から3か月後、盟友堺利彦は秋水墓を訪れ、次のような歌と句を残しています。

 行春の青葉の桜に鶯の啼きしきる処君が墓立つ

 行春の緑の底に生残る

 同じ桜の木だったかどうかはわかりませんが、いまでは非道な裁きを詫び悲しむように秋水を抱きかかえ、涙の花びらを散らしています。
 この恩讐を超えて咲く桜を、私どもはいつのころからか秋水桜と呼んでいます。
 今年4月6日には、まだ五分咲きでしたが、小雨降る中、この桜の下に有志で集い、即興の歌や句をつくり、語り合いました。
 俳句の世界で「秋水忌」(1月24日)が厳寒期の季語のようになっているのと同じように、「秋水桜」が世の中に平和と春を告げる象徴となり、多くの人たちに親しまれることを願っています。

 高知新聞「声ひろば」 2017.4.24

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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