幕末維新博に望む

 きょうは五・一五事件(昭和7年)の日。武装した海軍青年将校たちが総理官邸に乱入し、犬養毅首相を殺害した。

政党内閣は終焉し、以降軍人出身首相が続く。

当時、青年将校たちが唱えていたのが昭和維新。明治の心を取り戻すことであった。

彼らが拠り所とした明治維新とは何だったのか。

ザンギリ頭を叩いてみれば文明開化の音がしたように、アジア周辺諸国が次々に西洋列強に植民地化される中にあって、日本は急変身によって独立を保つことができた。これは「輝かしい歴史」であったはずである。

しかし、日本における近代とされる新国家の主権は絶対的権力をもつ天皇におかれ、国民の権利は抑圧され、女性にあっては参政権すら認められなかった。一方で華族制度で新たな特権身分がつくられた。

 富国強兵のもと、軍備は拡張され、それを背景に列強に割り込んで大陸に進出。

これに公然と反対し、平和・自由・平等を訴えた幸徳秋水らが抹殺された大逆事件で明治は幕を下ろした。

 「志士」たちが描いた新国家とはこんな国だったのだろうか。それとも途中で変質してしまったのか。

 いや、明治維新という変化プロセスの中にこそ、その後の国のありようが内蔵されていた。明治維新は百姓、町人など一般庶民が立ち上がった革命ではなく、しょせん武士階級の中だけでの主導権争い、政権交代にすぎなかったのではないか。

昭和20年の敗戦によって、新憲法が制定され、はじめてわれわれは主権を、基本的人権を、言論の自由を獲得した。そう思っていた。

しかし、いままた教育勅語が息を吹き返し、共謀罪が国会で審議されている。維新と名のついた政党もこれに絡んでいる。その先には、憲法そのものの見直しも射程に入っている。

大政奉還、明治維新から今年、来年で150年になり、志国高知幕末維新博が県をあげていま開かれている。

当時活躍した地元の人材を知り、また新たな人物を発掘し、観光資源としても活用していくことにも異議はない。

しかし、最も大切なことは、そうした人物たちの集合体としての明治、われわれの祖父母や曽祖父母が現に生きてきた明治とはどんな時代だったのかを真剣に考える機会とすることである。

 明治は過去の物語ではない。いまにつながっている、いまの問題なのだから。

 高知新聞「所感雑感」投稿 2017.5.15

幕末維新博に望む 所感雑感 

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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