大分へ(3)

大分駅前のホテルに泊まったので、フリーになった2日目は一番に目の前の駅に寄ってみた。

大分駅は2年前リニューアルされており、見違えるよう。駅ビルは専門店街となりシネコンも入っていた。大分特産品を販売する広い売り場の品ぞろえもすばらしい。専門店入口には、オープンを待つ人たちのかたまりができていた。

新しいJRホテルもでき、屋上には(のぼらなかったが)空中温泉もできていた。
正面広場には、大友宗麟像とザビエル像が。

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駅裏へは通り抜けになり、大きな広場ができていた。以前駅裏には、大分鉄道管理局時代の野球部のグランドが残っていた記憶がある。ほかはがらんとした殺風景なものであったので、驚きである。

表も裏もない、駅全体が新しい「まち」になったことで、商戦では地域一番店だったトキワデパートも安閑としていられなくなったのではないだろうか。まちの中心軸が変わったような気がする。

別府に向かうことにし、途中の西大分で柞原神宮(豊後一宮)に寄った。山の中腹、うっそうとした森の中にあった記憶そのままであり、往時と同じく異様な神霊を漂わせていたが、本殿に大友宗麟奉納太鼓があることは初めて知った(気づいた)。宗麟は、どこまでも私についてくる。

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別府で大学時代の友人に会ったあと、鉄輪温泉、明礬温泉を通って、安心院(あじむ)に向かった。途中にアフリカンサファリがあった。このサファリは私がいた40年前にオープンしたもので、一度だけ入ったことがある。全国のこの種の施設はバブル後ほとんど閉鎖されたときくが、ここはまだ残っていた。

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最近は温泉人気で別府への観光客が増えているそうだから、そうした客をうまくとりこんでいるのだろう。そういえば、NHKブラタモリでも2回にわたり紹介されていたなあ。

安心院へは、前の日も会った「あめんぼ」の古参メンバーの一人、堤記夫さんを訪ねた。堤さんは、20年目くらい前、大分市内から移住し、地鶏を放し飼いしている。

私がいたころ、安心院町は町の特産品とすべくぶどうの普及を進めていたが、それがうまくいかず、多くの農園跡地が放置された。町も合併し、いまは宇佐市の一部になった。そのぶどう農園跡地に堤さんが「入植」したのだ。

安心院は由布岳の裏側に広がる高原地帯であり、ここまで来たのは初めて。のどかな田園風景が広がっていた。大自然の中で、畑を耕し、果樹を植え、地鶏と一緒に暮らす。新鮮卵は大分市内の有名洋菓子店に送られ、おいしいシフォンケーキに変わる。たくさん卵をいただいた。以前のイメージとは一変した、大地の中で暮らす堤さんの生活をうらやましく思った。

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帰りには道を少しそれ、別府湾を一望できる十文字原展望台に立った。噂には聞いていたが、はじめて。佐賀関から国東半島まで、ぐるり目の中に飛び込んできた。冬の晴れた日には、四国まで見えるそうだ。

別府湾には、過去に瓜生島という島があったが、慶長豊後地震(1596)で一夜にして海の底に沈んだという記録が残っている。私がいた当時本格的調査が行われ、ほぼそれが真実だということがわかり、話題になっていた。しかし、いまはその地震が愛媛県の伊方原発沖を通る中央構造線断層が動いた地震であったことで注目を浴びている。

去年の熊本地震では別府周辺も被害を受けている。中央構造線は長野県から大分、熊本までつながっている。そう思うと、目の前のパノラマが不気味な光景に見えてきた。(続く)

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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