太陽館ありがとう

東京オリンピックが開かれたのは昭和39年、私が小学校6年生の時だった。

その記録映画ができたということで、学校全体だったか同学年だけであったか忘れたが、貸し切りバス乗って、太陽館に見に行ったことがある。

その日は授業はないし、バスにも乗れるということで、みんなおおはしゃぎ。しかし、中村のまちに着き、太陽館に入る時はみんな緊張顔だった。

太陽館はおまち中村の賑わいのシンボルだった。田舎のこどもにとっては、中村はそれだけ敷居が高かったし、太陽館はあこがれの的であった。

当時、中村には映画館が四つあったが、子どもにとって一番なじみ深かったのは、怪獣映画もやっていた東宝系の太陽館で、「キングコング対ゴジラ」「モスラ」は強烈だった。

太陽館は黒木和雄監督、中島丈博脚本の映画「祭りの準備」のロケに使われたこともある

太陽館は最後まで踏ん張っていたが、2005年に閉館した。しかし、建物はそのまま残り、栄町の飲み屋街の一角で威厳を漂わせていた。その建物がいま解体中である。

思えば2005年は中村市がなくなった年でもある。太陽館と中村市は運命共同体であったということだ。

ありがとう太陽館、さようなら中村市


高知新聞「声ひろば」投稿
2017.6.19

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
FB(フェイスブック)もやっています。

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