追悼 久保知章さん

獣医師で元三原村長の久保知章さんが6月16日、食道がんで亡くなった。78歳。

私が久保さんに初めてお会いしたのは2009年、地元にUターンして市長選挙に出るための挨拶まわりをしていた頃である。山に囲まれた小さな村(当時人口約1600)の村長のイメージとは違い、柔和で、ちょっと垢抜けした品の良さを感じた、ことを覚えている。あとで、獣医さんだと聞かされた。

私はその年の5月に市長になったが、久保さんは同年12月、再選をめざした選挙に破れたので、首長同士として重なるのはわずか半年ばかりであった。だから、隣村とはいえ、公務上では特に印象に残る接点もなかった。

久保さんは昭和13年、三原村生まれ、8人兄弟の一番上。宿毛高校から大阪府立大学農学部獣医学科に進まれた。卒業後は明治乳業に入社、釧路工場専属獣医師として北海道の酪農家を助ける仕事をされた。いま四万十市と友好交流している別海町での仕事が一番印象に残っていると、よく言われていた。

その後、高知県に帰り、三原に隣接する大月町役場の獣医となった。その頃は、大月町にも多くの牛、馬、豚がいたのだ。しかし、大動物の管理指導は県行政に移行する流れの中で、中村東町に小動物を対象にした動物病院(中村動物病院)を開業した。

久保さんはふるさとへの思いが強い人だった。中村で仕事をしながらも、いつも三原村のことが気にかかっていた。実家とは、いつも行き来していた。

そうした中、ふるさとの状況を憂い、2005年、村長選挙に立候補、見事思いを遂げた。しかし、村政運営では大変苦労をされた。熱意や理屈だけでは通用しないのが地方の行政。副村長選任の同意が3年間得られないなど、議会にはいじめぬかれた。私も同様の経験をしただけに、久保さんの無念さがよくわかる。

しかし、中村動物病院に戻ってからも、いつも笑顔を絶やさなかった。他の動物病院が土日休みでは困るだろうと、土日を優先して開いた。私の家の先代パグ犬「まる」もお世話になった。飼い主の気持ちになって考えてくれる、赤ひげのような獣医さんだった。動物にやさしい人は、人間にもやさしくなれる。

カラオケ大会では、自慢ののどを披露されるお姿をたびたび見かけた。それでも私は、久保さんとは、公務が忙しかったこともあり、あまり個人的に接することはなかった。

お付き合いが深くなったのは、私も久保さん同様、1期4年で市長選挙に破れて時間ができ、幸徳秋水を顕彰する会に本格的にかかわるようになってから。久保さんは同会の副会長であった。

久保さんは謙虚で、あまり強引なものの言い方をされない方である。ニコニコして、周りに気配りされながら、ゆっくりしゃべられる。しかし、そばにいると、その人柄と見識の深さが伝わる。芯の強さと、頑固さも。

久保さんの話を聞いて、その生き方の原点は60年安保だと思った。大学時代、その運動に参加された。日本の平和、民主主義を守るために、また秋水がめざした自由、平等、博愛が実現する社会を目指すために、なにをしなければならないか久保さんはわかっていた。いろんな集会や講演会などには、かならず久保さんの顔があった。

2年前、幸徳秋水を顕彰する会会長に推された時、そんな大役は自分にはふさわしくないと、さかんに固辞されたが、論客と個性派ぞろいの会のまとめ役として、久保さんが適任であることはみんなの一致するところだった。実際、この2年間で会は大きく前進した。

久保さんが体調不良を口にされたのは、1年ほど前。食道にがんが見つかった、それもかなり進行していると。しかし、ニコニコしながらそんなことを言うので、にわかには信じられなかった。実際、それからもいつもどおり会には出席され、顔色もよいので、真剣にがん治療をされているとは思えなかった。

だいぶあとからわかったことだが、手術もできない箇所で、しかも適当な薬や治療法がなく、半ば自然に任せるしかないということだったようだ。だから、入院もせず、最後まで自宅ですごした。

迷惑をかけられないというご本の意向で、秋水顕彰会会長は、任期2年で、この5月の総会で引いていただいた。当然ながら、総会には出席できなかった。私が最後にご自宅でお会いしたのは、亡くなる1カ月半ほど前。最終段階は、ご家族だけですごされた。

亡くなられたあとご家族から聞かされたのは、がんが発見された時、医者から余命1年と宣告されたが、1年9カ月もってくれたので、よかったという言葉。そんなこととは知らなかった。久保さんはそんな深刻な状態であるにもかかわらず、われわれに心配かけまいとしたのだ。そして、きわめて平静に、笑顔を絶やさずに過ごされた。だから、われわれは、ついそれに甘え、いろんな問題を相談したりしたことを、いま反省している。

久保さんの精神力、意志の強さには感服させられる。やさしいからこそ、強くなれる。獣医師であるため、ご自分の寿命というものを冷静にうけとめることができたこともあるだろう。

息子さん2人も獣医になりながら、県外で開業しているので、この病院は自分の代で終わりだと照れ笑いしながら言われていたが、本当は満足した笑いであった。

告別式でご長男が挨拶をされていた。久保さんは望み通り獣医になり、ふるさとのためにもチャレンジするなど、自分の意志通り、好きなことをしてきたのだから、本人は満足だろうし、少し早かったけれど、家族もこれでよかったのだと納得しています、と。

誠実に、真面目に、真剣に生きた人。それが久保さんであった。

私も多くのことを教えていただきました。
ありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。

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 幸徳秋水墓前祭 2016.1.24

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プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
幸徳秋水を顕彰する会事務局長。
フェイスブックもやっています。

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