中村高校の夏

中村高校野球部の夏が静かに終わった。

夏の甲子園高知県予選準決勝で中村高校は梼原高校に1-4で敗れた。私は決勝に進めば球場に行くつもりでいたのだが、かなわなかった。

私と同じ気持ちの人は多かったのではないか。テレビで見る限りでは、スタンドの応援は驚くほど少なかった。3月20日には、6千人の大応援団が甲子園のアルプススタンドを埋めたのに。

梼原高校の応援団のほうがはるかに盛り上がっていたし、選手もそれに応え、闘志をむき出しにしていた。それに比べ、中村高校の選手たちは、どこか受けて立つような感じで、おとなしく感じられた。選手、応援団とも、気持ちの上で、梼原が勝っていた。

春は40年ぶりの甲子園出場ということで、地元は大いに盛り上がった。異様な熱気に包まれ、興奮に酔い、躁状態に陥っていた。私自身もそうであった。

しかし、その熱が高かっただけに、冷めるのも早かったように思う。甲子園では勝てなかったが、最後に1点をとっただけで大満足。達成感にあふれていた。それには秋の県予選で王者明徳に勝ったという達成感も含まれている。

しかし、勝手に興奮して、勝手に冷めるのは応援団だけであって、選手たちは、夏ももう一度あの甲子園に行きたいという思いを強くもっていたに違いない。きっとそうである。

しかし、地元は一度萎えた気持ちをもう一度昂らせるのは難しかった。夏の予選が近づいても、驚くほど静かであった。春の後遺症が激しく、疲れてしまっていた。

私自身、去年夏、秋の県予選とも決勝戦の前にも球場に駆け付けたが、今回はそこまでの気持ちにはならなかった。

春の甲子園出場決定と同時に、地元では支援実行委員会が立ち上げられ、瞬く間に多額の寄付も集まった。残余金が多く出たようで、それを何に使うか議論があり、グランド入口に記念碑を建てることになったと聞く。ここまではよかったのだが、7月上旬には出来上がってしまった。

夏の予選に向けて気持ちを集中させているときに、選手たちはどう思っただろうか。「もう十分やった、ご苦労さん」と受け取られたのではないかと心配をしている。

記念碑建立は、夏が終わってから、卒業までの間でよかったのではないか。実行委員会の解散にともなう会計決算のためであろうが、性急すぎたと思う。また、実行委員会も夏が終わるまでは続けたらよかったろうに。

まあ、ドタバタがあった1年であったが、これも中村高校野球部ががんばってくれたおかげである。こんなに地元が盛り上がることは、絶えて久しかったことであり、地元へ貢献大である。

私自身にも楽しく充実した、メモリアルな1年であった。野球部の3年生には、ご苦労様と、心からのねぎらいとお礼を言いたい。

しかし、2年生以下は、違う。ぜひ、新チームでもがんばってもらいたい。そして、なるべく早い時期に、3度目の甲子園に連れていってもらいたい。

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夏の選手権大会高知予選

田中全さま
中村高校野球部を注目してくださり、あたたかいコメントを度々いただき、本当にありがとうございました。
息子の高校野球は終わりましたが、この恩はいつか何かのかたちでお返ししたいと思います。
これからも中村高校野球部を注目し、応援していただくようお願いいたします。
本当に、本当にありがとうございました。
プロフィール

Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。

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