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幸徳秋水を語る 神戸のつどい

4月1日、標記つどいが開かれ、参加してきた。

安倍政権のもと、特定秘密保護法、安保法、共謀罪法が強行され、次は憲法改悪(9条の無力化)が狙われているいま、非戦平和、自由平等の旗を掲げ、大逆事件で抹殺された幸徳秋水について、今日的視点で考えることを目的に開かれたもの。

昨年9月、神戸の「憲法を生かす会」のメンバー4人が秋水墓参のために中村にみえ、秋水顕彰会が生家跡、記念碑、資料室なども案内し、夜も交流を深めた。その中の津野公男さんは高知県出身で以前から顕彰会会員であった。

この4人が中心になって実行委員会をつくり、「つどい」を準備してくれた。神戸は高知市出身の小松丑治と岡林寅松が大逆事件に連座(無期懲役)した因縁の地である。

桜満開の晴天下、阪急六甲駅近くの会場神戸学生青年センター(灘区)には約80人集まった。

津野さんが主催者あいさつをしたあと4人が登壇。

最初に、私が「現代に生きる幸徳秋水」について。

秋水が刑死して107年たつ。中村では、戦後まもない1946年から、官民あげて秋水顕彰運動に取り組んでおり、戦後中村の平和民主運動のバックボーンになってきた。2000年には、当時の中村市議会が秋水顕彰決議もおこなった。

しかし、いまの日本の状況は当時に酷似してきた。国が戦争を始めようとすると、国論統一のために、まず言論、人権が弾圧される。

大逆事件では秘密裁判のもと死刑判決を受けた24人(うち12人は無期懲役に)、は実行犯としてではなく、検察がつくりあげたシナリオによる「謀議」「陰謀」をはたらいたとされた。非戦・自由・平等を求めた彼らの「思想」が裁かれた。共謀罪も同様の運用がされる余地大である。物言わぬ国民づくり。

大逆事件を忘れてはいけない。同種の事件を二度と起こさない運動の輪を広げていくことは、憲法を守り、人権を守り、日本の平和、自由を守ることにつながっている。

次に、今村稔さん(社会主義協会代表)が「秋水と平民新聞 そして堺利彦」について。

明治30年代、社会主義思想が萌芽し、日清日露戦争を経て、運動の形となった。秋水、利彦により平民新聞がつくられ、非戦を呼びかけた。ロシア労働者との連帯もあった。

政府はこれを徹底的に弾圧。赤旗事件に続き、大逆事件は日本の首を絞めた。社会主義運動は冬の時代に入る。

3人目は、飛田雄一さん(神戸学生青年センター館長)が「大逆事件と神戸多聞教会」について。

神戸で連座した小松丑治が入獄中、その妻ハルを援助したのが、キリスト教神戸多聞教会今泉牧師であった。飛田さんはいま同教会会員。偶然の縁から、今泉牧師の孫との個人的交流について報告。

最後は、戸崎曽太郎さん(治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟兵庫県本部会長)から「神戸と大逆事件(小松丑治、岡林寅松)」について。

高知市の小学校同級生で神戸海民病院に勤務していた2人は、秋水らの訴えに共鳴し、神戸平民倶楽部をつくり平民新聞の読書会を開いていただけで、警戒人物としてマークされ、大逆事件にひっかけられた。

戸崎さんは、2人が暮らし、活動していた場所を調査確認しており、私は3年前案内をしてもらった。(本ブログ2014.9.29)

2人は20年間入獄後、仮釈放されたが、世間からの迫害を受け続け、戦後まもなく不遇の死をとげた。

以上が「つどい」の内容である。

中村では1946年から、秋水墓前祭(最初は墓前供養)を始めて以降、秋水および坂本清馬ほか事件犠牲者の顕彰事業が継続しておこなわれている。また、全国でも「大逆事件の真実をあきらかにする会」をはじめ、各地で事件犠牲者の顕彰活動はおこなわれている。

こうした中、詳しく調べた訳ではないが、幸徳秋水だけの名を冠した集会等のイベントが高知県以外で開かれたのは初めてではないだろうか。

それだけ、いまの政治状況が秋水を求めているということであろう。

「つどい」を企画準備してくださった神戸の皆様に心からお礼を申し上げたい。当顕彰会にも多くの方が入会してくださったので、これからも交流を重ねていきたい。

 秋水神戸の集い 表   20180407175424198.jpg

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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