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ノンビリ行こうよ JR

2005年4月25日、兵庫県尼崎市のJR福地山線で106人が死亡するという脱線事故があってから、きょうで13年。

あの時、私は大阪にいた。その日も仕事。京都へ車で出かけることになっていた。朝10時ごろ、会社を出て、阪神高速に乗り走っていると、南の神戸方面の空に、へリコプターが何機も旋回している。異様な光景だった。

何だろうと思ってラジオを付けたら、事故の報道をしていた。アナウンサーは興奮していた。報道側も、詳しい状況がわかず、いらついていた。

京都でも、ラジオを聞くたびに、事故の大きさが伝えられた。犠牲者の数もどんどん増えてくる。仕事に集中できなかった。事故の実態がだんだんとわかってくる。

夜、家に帰り、映像で見ると、線路わきのマンションに車体が食い込んでいた。目をおおった。

それから、現場を電車で通る機会が何度もあった。事故がおこった魔のカーブのそばには、あのマンションが建っていた。(しばらくしてから解体された。)黙祷した。

事故の背景には、JRの焦りがあった。関西は旧国鉄時代から私鉄優位である。

JRになってから、私鉄に負けるな、追い越せ、と猛烈に突っ走った。それこそ電車のスピードを上げたのだ。速さを売りにすることによって客を奪う。「新快速」が登場した。安全への投資は二の次に置かれた。

JRは、それにも懲りず、いままた リニア新幹線にまっしぐら。国家プロジェクトだ。

なぜ、そんなに急ぐの。だれが、そんなに急いでいるの。

裏では大規模談合。
仕事をつくることが第一目的であることは明らかだ。

ゆっくり満喫鉄道旅。

ノンビリ行こうよ JR。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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