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満蒙開拓青少年義勇軍(1)

水戸市周辺には前から一度行きたいと思っていたところがあった。内原である。

内原は2005年、水戸市と合併したが、それまでは東茨城郡内原町であった。内原と言えば満蒙開拓、満蒙開拓といえば内原と言われるほどの「満蒙開拓の聖地」である。

昭和6年、満州事変、7年、満州国誕生。

満州試験移民(武装移民)を経て11年から、「20カ年100万戸移民計画」に基づく、国策による本格的な移民事業(農業移民)が始まる。

内原には、満州に向かう開拓者たちの幹部訓練所など各種訓練所がつくられた。その中の一つで、最も大規模だったのが満蒙開拓青少年義勇軍訓練所。

昭和13年から、一般の開拓団とは別に、15歳から19歳までの青少年、主に農家の次、三男を対象にした義勇軍を編成することになり、ここで3カ月訓練を行った。さらに満州で3年間、現地訓練を受けたあと、一般開拓団に合流するなど、実際の開拓作業に入ったのである。

義勇軍と勇ましい名前ではあるが、軍隊ではない。全国から募集(志願)され、終戦までの間に、8万6,530人が満州に送られた(高知県からは1331人)。

内原駅は水戸駅から2つ東京寄り。駅からタクシーですぐのところに資料館があった。

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正式名称は「水戸市内原郷土史義勇軍資料館」。図書館と併設されていた。入場無料。地元郷土史全般の展示の中のメインが義勇軍関係であった。

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満州国は日本の傀儡国家であり、満蒙開拓は、最初の提唱者や個々の開拓民の意向とは別に、満州国統治(支配)のために利用された政策(国策)であった。その歴史評価は定まっているといえる。

しかし、展示はそんな評価には触れず、かといって肯定礼賛するのでもなく、当時のありのままの姿を再現したものであった。それだけに、生々しかった。スローガン、ポスター、作業着、写真・・・

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庭には、訓練所のシンボル日輪兵舎(宿舎)が再現されていた。中を覗くと、当時にスリップした。こんな円形の兵舎が300棟もつくられた。

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展示は、歴史的事実そのまま、これでいいと思う。これを見て、どう評価するかは見る者が判断することだ。

資料館は公民館隣に2003年つくられたものであるが、実際の訓練所はここから2キロほど離れた場所にあった。

当時の正門跡は桜に囲まれた公園のようになっていた。その中心に記念碑がそびえていた。

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訓練を終えた青少年たちは、ここから隊列を組んで、内原駅まで歩き、満州に向かった。ラッパと太鼓部隊を先頭に、意気揚々と。白い布で包んだ鍬を抱いて。鍬の戦士であった。

駅までの道は「渡満道路」と呼ばれた。(続く)

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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