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満蒙開拓青少年義勇軍(3)

加藤完治は満蒙開拓のイデオローグであり、私にとっては満蒙開拓そのものであった。

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満州に渡った開拓民は最終的に約27万人に及んだ。日本陸軍の最強部隊と言われ、彼らを守るはずであった関東軍はすでに多くが南方に転用され、敗戦時、残っていた部隊もいち早く逃げた。開拓民を置き去りにして。

開拓民は引き上げの混乱の中で約8万人が命を落とした。満州にいた日本人の中では開拓団の犠牲者が圧倒的に多かった。

なぜ、そんなに開拓団を満州に送りこんだのか。加藤完治はその最高責任者の一人である。私はそう思ってきた。

今回、資料館の展示を見て、そのことは真実であることを確認できた。完治が7500人を前に訓話をする写真があった。訓練所は完治そのものであり、生徒はその家族、子どもたちであった。完治は戦後、戦争責任を問われ、公職追放になった。

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しかし、今回、四男弥進彦さんの話を聞き、また自宅で完治の遺品等を見る中で、一人の「人間」加藤完治にもふれることができた。

彼は終生「農業は金もうけではない」と言っていた。農こそすべての源。土を耕し、土とともに生きる。これが彼の思想の原点である。農本主義といわれた。資本主義に対する言葉だ。資本主義は金もうけ。

完治は東京帝大農科大学で那須皓と出会う。また、筧克彦教授の古神道の影響も受けた。天皇中心の忠君愛国、日本人は世界にまれな優れた民族。

農本主義の日本をつくるにも、日本には土地がない。農家の次、三男は農業をやろうにもできない。そんな窮状を訴えられた完治は、大陸に目を向ける。

満州には広大な原野がある。これに鍬を入れ、開墾する。日本の食糧問題の解決にもつながる。「五族協和」の「王道楽土」をつくろう。五族とは、日・満・鮮・漢・蒙。

この考えは、満州事変以前からのものであった。しかし、満州国ができ、その統治を進めていく中で、満蒙開拓の目的は変質していく。

当初、入植地は未開墾地に限定するとされていたが、次第に既墾農地を強権的に奪い取る(安く買い上げる)ようになる。

開拓団員募集も自主的任意のものから、分村方式が採用されてからは、強制的に割り当てられるようになる。昭和17年以降の、高知県江川崎村、十川村などはその典型である。十川村では、いやがる村民から選ぶために、くじ引きまで行われた。(本ブログ2015.8.6など)

青少年義勇軍にしても、教師が子どもたちに「行け 満州へ」と動員をかけるようになる。

開拓団や義勇軍は、ソ連、蒙古との国境防衛、満州国統治安定化のための基本政策(国策)として利用されるようになる。

完治は一農民であり、純粋な思想家、教育者であった。軍事作戦等にはかかわっていない。

実際、完治は、関東軍の作戦変更(南方転用)を知らされていなかった。だから、日本が本当に負けるとは、最後まで思っていなかった。8月15日の狼狽ぶりにそれが表れている。

弥進彦さんは「満蒙開拓は侵略的植民政策ではなかった」とはっきりと言う。それが完治の思いであったのであろう。著書「志を継いで~私の愛農人生~」もいただいた。

今回、牧久著「満蒙開拓、夢はるかなり―加藤完治と東宮鐵男―」という本も3年前出ていることを教えられ、読んだ。(東宮鐵男は、もう一人の「満蒙開拓の父」と言われた軍人)

これまで私が読んだ満州開拓関係の本と違い、加藤完治の生きざまにスポットを当てたもので、興味深かった。「侵略者」、「聖人」でもない、「人間」完治を客観的に描いていた。

だが、これを読んでも明らかなことは、完治の思想の中心に天皇がいたこと。「優秀な日本民族」が「大和魂」をもって土を耕せば「王道楽土」ができるという発想。「大和魂」という言葉をさかんに使っている。

耕す土地はどこでもいい。朝鮮や満州は、日本が戦争により手に入れた土地であるという視点はない。未開の原野があるから、それを耕してやるというような考え方である。

そもそも「満州」(中国では「東北部」)そのものが日本がつくった言葉であるのに、日本人がハワイやアメリカ西海岸に渡っていろんな仕事に就く中で、農業もやるということと、基本においては変わらない発想。

そんな考え方が軍事戦略と結びつけば、他国侵略のための大義名分、スローガンに利用される。

日本敗戦直後、完治は、必死で天皇の詔勅を筆で書き写した。完治は天皇にすがるしかなかった。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス」

気を取り直した完治は、福島県白河の開拓地に入る。
生涯鍬を振るい、土とともに生きた。

私は帰りに、日本農業実践学園本部前に足を運んだ。庭には、鍬で耕す完治の銅像が建てられていた。その後ろには弥栄神社の祠が。

やはり、加藤完治は満蒙開拓の象徴である。(終り)

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(参考)
小学館刊行中の「電子版 宮尾登美子全集」第5巻「朱夏/仁淀川」付録に、「高知の満州開拓団」について、私と秋田和さん(大土佐満州開拓団引き揚げ者)の対談が収録されています。
https://www.shogakukan.co.jp/digital/label/1000068


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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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