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上ノ加江

6月16日、高知市に向かう途中、少し時間があったので、高速を中土佐インターで降り、久礼に昨年できた「道の駅」前を通り、初めて上ノ加江を訪ねた。

以前から、その地名に興味があり、一度行ってみたいと思っていたから。

というのも、土佐清水市には下ノ加江がある。私の家からは、市境の伊豆田峠を越えたすぐの港町で、足摺岬などに行く途中、いつも通る。時々、干物などの海産物も買いに行くので、なじみ深い。昭和29年、合併で土佐清水市になる以前は下ノ加江町であった。

上ノ加江と下ノ加江・・・双子のような名前である。なのに、二つは遠く離れている。

同じ地名に「上」「中」「下」を付けて分けることはどこでもある。私の住む四万十市八束(旧村)にも「上木戸」「下木戸」がある。また、実崎も上組、中組、下組と言って、回覧板などを分けている。

それらに共通しているのは、互いに隣接していること。私にはそのイメージがずっとある。

なのに、私の家から上ノ加江に行くには、大方、佐賀、窪川、久礼を通らなければならない。いまでこそ、窪川から高速に乗れるので、だいぶ早くなったが、それでも今回1時間40分かかった。以前なら、ゆうに2時間を超えただろう。

中土佐町の中心部の久礼は高速道路、国道、鉄道も通っているが、上ノ加江はそこから海岸沿いに入ったところである。いまは道がよくなったので、10分ほどで行けたが、道はその先の矢井賀までの行き止まり(今回そこまで行った)であるから、普段は地元の人しか通らない。

上ノ加江も港町であった。昭和32年、久礼町と合併して中土佐町になる前は上ノ加江町(村ではない)であったというぐらいだから、かなり人口もあったようだが、その日は高齢者の人影がポツリ、ポツリ見られるくらいで、シーンとして不気味さを感じるくらいであった。

下ノ加江も同じであり、高知県の漁村はどこもそうである。山村、漁村を問わず、どこも過疎高齢化が進み、その限界近づきつつある。

ここもかつては、若者があふれた、港町であったろうに・・・

そうなのだ。
二つは、海に由来する名前なのだ。最近、土佐の「海の道」の歴史に関する本を読んでいてわかった。

いま人間の移動は陸路中心である。特に、県内移動は陸路しかない。だから、距離感覚等も陸路の発想になるのはやむをえないことだろう。

しかし、かつては海路が中心であった。古代から、すぐ最近の昭和前半くらいまで。

「江」とは「入り江=港」のことである。海の道からすれば、二つの距離ぐっと縮まる。

といっても、二つの港は隣接している訳ではない。その間に、いくつかの港があるのに???

たしかに、沿岸伝いで進めばそうである。しかし、沖に出れば違う。沖から見れば、ふたつの港までは等距離になる。沖からの感覚では隣なのだろう。

しかし、隣はいくつもあるのに、なぜ、二つがペアに選ばれたのか。何か共通するものがあったのではないだろうか。

これについては、黒潮町の「上川口」と土佐清水市の「下川口」についても言える。二つとも同じ港町であるが、陸路でいえば、かなり離れている。

それぞれの、「何か」を知りたい。
ご存知のかたは、ご教示ください。

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Author:田中全(ぜん)
高知県四万十市(旧中村市)在住。
幡多と中村が自慢のおんちゃん。
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